書体見聞

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第七回特別編タイポグラフィの世界 「書体開発のこだわり ~黎ミン開発~」

第七回特別編タイポグラフィの世界 「書体開発のこだわり ~黎ミン開発~」

タイポグラフィの世界『書体制作のこだわり~黎ミン開発~』

「黎ミン」の開発を担当したモリサワ文研 小田秀幸(写真上)。

阿佐ヶ谷美術専門学校視覚デザイン科、「タイポグラフの基礎」編集委員会、高円寺書体研究会の主催による連続セミナー「タイポグラフィの世界」。全6回にわたって開催されたこのセミナーの第5回に、モリサワ文研社で「黎ミン」の開発に携わったデザイナー、小田秀幸が『書体制作のこだわり~黎ミン開発~』と題して講演を行いました。

デッサンにこだわるモリサワ文研社

セミナーでは小田によるデッサンの実演

1977年にモリサワ文研社に入社し、書体制作に携わり続けている小田。「文字の制作は手書きのデッサンから行っています。それがモリサワのこだわりです」と話します。モリサワ文研社では、方眼紙にデッサンされた文字が、書体制作を行う上での原図となっているのです。
セミナーの来場者には、実際に方眼紙が配布されました。サイズは62.5mm四方。会場からは「小さいのでは」という声を聞かれましたが、小田は「これが、大きすぎず小さすぎず、ちょうど良いサイズ」と話し、そして実際に、来場者の目の前でデッサンを行いました。
デッサンは3つの段階に分かれて行われます。まず始めに、骨格を描く作業。ここでは、文字のかたちを1本の線で描いていきます。そして、この骨格をベースにして、ラフデッサンを行います。骨格を描いた方眼紙の上にもう1枚の方眼紙を重ね、フリーハンドで文字のかたちを作っていきます。
ラフデッサンができたら、さらにもう1枚の方眼紙を重ねて、原図を仕上げます。原図は三角定規と雲形定規を用います。曲線が雲形定規の形状と合わないところでは、ペンを定規にあてがう角度を変えることで調節する様子など、具体的なテクニックが目の前で披露されました。

受講者もデッサンを体験

実物大の方眼紙が配られ、受講者も文字のデッサンに取り組んだ

もちろん、文字のデッサンを行う上で、エレメントの形状や全体のバランスについても解説されましたが、実際にやってみるとのがいちばん!ということで、配られた方眼紙を用いて受講者が文字をデッサンする時間が設けられ、出来上がったもののいくつかを小田が講評しました。受講者のみなさんが、楽しく手を動かしながら文字のデッサンに取り組みました。さて、文字のデッサンにこだわる理由について、小田は次の5つを挙げました。

1. デッサン力が身に付く
2. 文字デッサンの基礎が身に付く
3. 文字を見る目を養うことができる
4. デジタルにはない感覚をつかむことができる
5. 自分にしかない文字の骨格が身に付く

モリサワでは、今あるものをベースにした開発は行いません。「独創的なエレメントを描くことも大切だ」と、小田は話します。

15年を要した黎ミンの開発

黎ミン試作原図A案からD案まで。(上)黎ミンの開発がスタートしたのは1992年。1998年に原案の試作を行い、その後数年間に渡って繰り返し行われた。

続いて、黎ミンの開発過程が、実際に開発に携わった小田から紹介されました。黎ミンの開発がスタートしたのは1992年。1998年に原案の試作を行い、その後数年間に渡って試作が繰り返されました。2007年になり、デザインが決定しグラデーションファミリーの開発を決定、その後4年をかけ製品化を行いました。この間、試作を繰り返しデザインを模索したことや、他の書体開発の兼ね合いもあり、15年を要しました。

今回のセミナーでは、A案、B案、C案、そして最終デザインのD案まで、どのような試行錯誤が行われたのか、実際にスクリーンに映し出して紹介しました。また、漢字だけでなく、かなの試作についても紹介されました。

エレメントのデザインについても説明されました。デッサンを行う上では、ウロコ、点、はらい、はねなど特徴的な部分の見本を作り、それを参考にしながら各文字のデッサンを行っていきました。

小田は「黎ミンには、4つのデザイン上の特徴があります」と言います。1つは、視認性を高めるために字面を大きめにし、フトコロを広く取っていること。ユニバーサルデザインも意識しています。そして2つめは、横書きを意識したエレメント。3つ目が、アラインの先端はカドにしているが、縦線のアクセントは丸になり、硬い表情にならないように配慮していること。4つ目は、ストロークが長めであることです。

そしてこれらの特徴が実際のエレメントにどのように反映されているのか、具体例を出しながら解説していきました。

グラデーションファミリーの開発

手描きのデッサンのこだわりとテクノロジーの活用が交わって、黎ミンの美しいグラデーションファミリーは完成した。その文字数の合計は、783,972。

小田は「1990年代は、通常のファミリーで開発が進んでいました」と、黎ミンの開発を振り返ります。先にもあったように、グラデーションファミリーでの開発が行われたのは2007年のことです。

グラデーションファミリーは合計34書体。つまり、34×約23,000字。その開発はどのように行われたのでしょう。小田は「統一したデザインの4文字をベースにして行います」と話します。まず、34の中から基準となる4つのデザインを行います。そして、その中間にあるファミリーについては、コンピューターで自動生成を行うのです。

もちろん、画数の多い文字などには苦労がつきまといます。また、各文字でウエイトが揃わなくては意味がありません。中間書体でデザイン上の問題が生じた場合「必ず先の“4文字”に戻ってデザインの調整を行います」と、小田は話します。中間書体を小手先で修正しないからこそ、統一性のあるグラデーションファミリーが実現しているのです。「このグラデーションファミリーの調整で、2年ほどかかっています」と、小田は話します。

このように、手描きのデッサンのこだわりとテクノロジーの活用が交わって、黎ミンの美しいグラデーションファミリーが完成したのです。その文字数の合計は、783,972。世界で最もグリフ数の多い書体ファミリーとして、ギネスブックにも認定されています。