モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第29回モリサワ文字文化フォーラム「WE LOVE TYPE 4」

2024年11月29日(金)、株式会社モリサワは、第29回文字文化フォーラムを開催した。2020年以来の開催となった本フォーラムでは、同じく5年ぶりとなった「モリサワ タイプデザインコンペティション 2024」の開催を記念して、審査員を務める鳥海修氏、チェン・ロン氏、ホン・ワン・チュン氏、チェ・スルギ氏、サイラス・ハイスミス氏らが登壇。「デザインにおける文字の力」をテーマに、近年のフォントデザインのトレンド、最新プロジェクトの背景などの講演やクロストークが行われた。

講演者

鳥海修(日本) 書体設計士
チェン・ロン(中国) アートディレクター
ホン・ワン・チュン(台湾) アートディレクター
Sulki and Min
  チェ・スルギ(韓国) グラフィックデザイナー
  チェ・ソンミン(韓国) グラフィックデザイナー
サイラス・ハイスミス(米国) タイプデザイナー / グラフィックアーティスト

Session 1 :チェン・ロン氏
「現代中国タイプデザインに特筆すべき2つの時期」

一つ目のセッションは、上海を主な拠点とし、タイポグラフィに関する研究や教育活動を展開しているチェン・ロン氏。中国で横組が主流となった1960年代から現代に至るまでの時代をベースに、現代中国タイプデザインにおける特筆すべき2つの年代の出来事が語られた。

チェン・ロン氏は2002年、武蔵野美術大学大学院を修了。修士論文では中国語横組の研究をベースに、明朝体「新人文宋」の試作を発表した。卒業してからは中国の書体メーカー漢儀社と共同で、10年にわたり「漢儀新人文宋」ファミリーを開発。その後さまざまなパッケージデザインやロゴデザイン、翻訳や執筆を行うなど、幅広い経歴をもつ。

氏が語る、一つ目の重要な時代は1961年。中国の重要な文書が横組で展開され始めた1950年代後半と、簡体字が正式に出版物に使用され始めた1964年の間にあたる。この年に設立されたのが「上海印刷技術研究所」。ここで制作された書体は、数年の間にあらゆる辞書や重要な書物に採用され、横組への対応や、簡体字のルール構築など、現代中国のタイポデザインに大きく影響を与えるものとなった。

「当時はタイプデザイナーという明確なポジションはありませんでした。広告会社でレタリングが得意だった人、工場で活字を刻んできた人、など、さまざまな経歴の人が集まって書体制作を進めていったのです」

二つ目の重要な時代は2008年。これは、前年に公開されたドキュメンタリー映画「Helvetica(ゲイリー・ハストウィット監督、2007年、アメリカ)」の中国語翻訳と字幕制作がスタートした年にあたる。インターネット上の掲示板で結成されたチームによる、非公式なプロジェクトだったにもかかわらず、多くの話題をよび、各メーカーによる大会やタイプデザインコンテストが続々と展開されることに。国内にタイプデザインを広め、業界全体を活気づけていくきっかけになったという。

チェン・ロン氏はその後、2013年に上海ビエンナーレで研究成果を発表するなど、精力的に活動を展開。歴史を紐解きながら常に新しい文字の開発を進め、多くのデザイナーの活動を支えている。

Session2:チェ・スルギ & チェ・ソンミン
「近年の事例 ―実験的な試み」

二つ目のセッションは韓国より、チェ・スルギ氏と、チェ・ソンミン氏。ソウルを拠点に活動するグラフィックデザイナーで、韓国内のさまざまな美術館や大手出版社の仕事などを精力的に手掛けている。お二人からは、これまでに手がけてきたタイプデザインプロジェクトについて、また韓国で現在行われている実験的なプロジェクトについてもお話しいただいた。

「二重性(dualism)」をテーマにしたタイプデザインは、彼らにとって最も代表的なデザインのひとつ。一つひとつの文字の中にテキストが埋め込まれているのが最大の特徴で、2012年にグラフィックデザインの専門誌『Print』特別号にて公開された「Galaxy Ecosmic」ファミリーが最初の作品だ。埋め込まれているテキストはその都度プロジェクトによって異なり、例えば過去の出版物やよく知られたジョークの一説、著名人の宣言などを引用している。

「一見すると一つの文字だが、よく見るとさらにもう一つのレイヤーが現れるということ。隠れた意味がコーディングされている、というアイデアが気に入っています」とスルギ氏は語った。

また近年、韓国では、ハングルをアルファベット的に再構築する試みがなされているという。ハングルは、14の子音と10の母音で構成されているという点で理論上はアルファベットと同じ考え方だが、正方形に収めるために文字に形や配置が異なるという点では、組み合わせ方は漢字の成り立ちに似ている。この文字の組み合わせ方を捉え直し、子音が同じ位置に規則正しく配置され、正方形ではなく各パーツを積み上げていくような縦に長い字形が特徴の、新しいデザインがさまざまなデザイナーによって手がけられている。スルギ氏とソンミン氏も、前例を作ったデザイナーをオマージュする形でこの実験的なプロジェクトを展開中で、今後複数のウエイトをもつフォントファミリーを手掛けたいと語った。

Session3:ホン・ワン・チュン
「Maido! Typography ―タイプデザインの応用性」

続いての登壇は、2014年に台北で設立されたデザイナーユニットHOUTH(ハオス)のメンバーであるホン・ワン・チュン氏。グラフィック、映像、ロゴタイプなど、さまざまなデザイン領域での制作物を手掛け、ブランディングやアートディレクションといったクライアントワークだけでなく、自身の創作活動も定期的に発表している。「顧客のためのプロジェクトを通じて、世界と対話しようとしています」と、過去の制作事例とともにフォントの可能性を語った。

2023年に開催された「第1回 台湾デザインウィーク(Taiwan Design Week)」では、開催テーマの「しなやかな橋渡し(Erastic Bridging)」をヒントにオリジナルフォントを制作。弾力性と未来感のあるデザインで、カラーリングやグラフィックも含めてガイドラインでルール化したことで、イベント全体のキービジュアルとして存在感を発揮した。また、HOUTHの10周年を記念して開催された個展では、メンバーそれぞれのルーツとなる要素や興味どころを盛り込んで「カオスとグリッド」をテーマに作品を発表。創作が本来もつカオス性と、そこから発展する爆発力を表現し、新しさを感じさせるビジュアルに落とし込んだ。

そのほかにも、クライアントの持つ空気感や理念をデザインに落とすことに挑戦し続けている。欧文と漢字を組み合わせたグラフィック、日本語書籍の翻訳版の制作、地元で愛されるカフェのロゴ看板の制作に至るまで、身の回りのさまざまなデザインを展開。最後に、今後期待されるフォントのあり方についてコメントした。

「フォントはあらゆるところにあらゆる形で存在しています。フォントを選択することはグラフィックデザインの中心。フォントは情報の伝達に不可欠なもので、今後、さまざまな可能性が発見されていくことを業界全体が待ち望んでいるはず」

Session 4:鳥海 修 氏 & サイラス・ハイスミス氏
「トークセッション」

プログラムの最後を飾るのは、有限会社字游工房の書体設計士である鳥海 修氏と、アメリカのタイプデザイナーで、2017年よりMorisawa USAの欧文書体開発のクリエイティブディレクターも務めるサイラス・ハイスミス氏によるトークセッション。鳥海氏からは、自身が手がけた和文書体について詳しく解説された。またサイラス氏には、鳥海氏の書体から影響を受けながら近年手がけているという欧文書体の制作背景を語っていただいた。

鳥海氏が紹介したのは「文麗かな」と「垂水かな」という二つのかな書体。どちらも縦組を重視して設計されているが、両者を並べてみるとだんだんと違いが見えてくる。まず文麗かなは、近代文学を組版するために制作したかな書体であり、全体的にやや扁平で、一つ一つの文字の形が比較的揃っている。運筆も硬めな処理が意識されていて、楷書に近いかちっとした印象が特徴だ。それに対して垂水かなは平安時代の書物からインスピレーションを得ているため、滑らかなストロークが特徴。字形も、それぞれ細長かったり幅広かったりとさまざまで、大きさにばらつきがある。運筆は流れるようにスムーズな処理が施され、さらりとした印象がある。鳥海氏が意識した、筆の運び、過去の書物からのインスピレーションといった要素を、サイラス氏はどのように自身の制作に展開したのだろうか。

字游工房の代表作である「游明朝」は、和文書体におけるオールドスタイルの書体。このカウンターパートとなるような欧文書体が作れないか、いい意味で新しいオールドスタイルな欧文書体を作れないか、と考えているそうだ。歴史的書体である「Garamond」や「Century」の特徴をもう一度捉え直し、よりシンプルに、最低限の装飾だけを施した文字にできないか、などさまざまなスケッチを画策中。垂水かなが平安時代の書物を参考にしたように、自身も1950年代後半のアメリカの詩から着想を得て、タイプライターで打たれた文字のような機械的で工業的な雰囲気が残るフォントを検討しているという。

「私がモリサワと仕事をする理由は、とても個人的(に大切)なものです」とサイラス氏。鳥海氏をはじめとする日本のタイプデザイナーと知り合えることで、書体に関する新しい考え方を得ることができるのだという。「旅行に行くことの醍醐味は、家に帰った時に実感するものです。家の周りが違って見えてきて、それはつまり、旅行先で新しい視点が生まれたということ。タイプフェイスに関しても同じで、日本に対して、鳥海さんの話を聞くことで、文字に対する新しい見方が生まれます」

最後は、改めてチェン・ロン氏、ホン・ワン・チュン氏、鳥海 修氏、サイラス・ハイスミス氏が登壇して質疑応答の時間を設けられた。受講者は、各セッションで聞き足りなかった制作にまつわる裏話や、文字を作る上で感じるやりがい、アイデアを形にする具体的なテクニックについてなどを投げかけ、講師陣は時には互いに情報を補足し合いながら活発なディスカッションが繰り広げられた。

異なる文化、異なる歴史背景をもつクリエイターが互いの想いを共有することで、文字文化がますます発展していくことを期待させる有意義な場となった。

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