
フォーラムレポート
第30回モリサワ文字文化フォーラム「Design is in the Details ─ デザインは細部に宿る」
2025年7月24日(木) 、株式会社モリサワは第30回文字文化フォーラムを開催。30回目を迎える今回のフォーラムでは、大阪・関西万博で日本館のアートディレクションを手がけた色部 義昭氏、大阪ヘルスケアパビリオン のグラフィックサイン計画およびアートディレクションを手がけた木住野 彰悟氏が登壇。「Design is in the Details ─ デザインは細部に宿る」をテーマに、企業ブランディングや公共領域のアイデンティフィケーションにおけるディテールの重要性、そして文字とデザインの関係がもたらす表現の可能性について触れた。
講演者
色部 義昭 氏(株式会社日本デザインセンター)
木住野 彰悟 氏(6D)
Session 1 :色部 義昭 氏 「細部から広がるブランドづくり、想いが潜むディテール」

まずは色部氏の講演からスタート。色部氏はグラフィックデザインをベースに平面から立体など幅広いデザインを展開してきており、今回は、細部の作り込みからプロジェクト全体に発展した事例が紹介された。
中国・杭州のファッションブランド「LESS」のロゴでは、クライアントとのやり取りから出てきた「石」と言うキーワードから着想を得、二つとして同じものはない石のように、並び合う”S”と”S”が僅かに違う字形で作られている。コーポレートフォントでも同様の仕組みが展開されており、二つ以上連続した文字は自動的に異なる字形が反映されるようになっている。また、坂本龍一氏のレーベル「commmons」のリブランディングプロジェクトでは、坂本氏が作った造語であるcommmonsの真ん中の“m”のみ筆記体で描かれており、これは「音楽(music)でつながりを生む」というプロジェクトのコンセプトが体現されている。いずれも、コンテンツの世界観をより的確に表現するために、ロゴの一部を細かく調整して作られた例であり、クライアントの想いがより届く表現となっている。
また、色部氏は公共領域や宿泊施設といった空間のサイン計画なども数多く手がけている。古宇利島の宿泊施設「YAWN YARD」は、施設の合間に屋根を覆って作られたという空間の構成を生かして名付けられた「あくびの庭」を意味する名称であり、その名がもつ粗野でのびのびとした空気感が、ファサードのサインデザインやアメニティ類の素材選定など、随所に展開されている。オフィス家具メーカーのショールーム兼オフィス「ITOKI DESIGN HOUSE」では、コロナ禍以降主流となりつつあるフレキシブルな空間づくりに伴って、サインも更新性を確保した仕組みづくりがなされた。具体的には、数字やアルファベットのパーツが一つ一つ取り外せるようになっており、人数やルームの名称などを適宜差し替えられる仕組みだ。ショールームという特性上、新品の家具が並び、自然物が少なくなりがちな空間の中で「あえてサインは手垢がつくようなもの、経年変化を楽しめるものを」と、材質はカッパー(銅)を用いて製作された。
「全体の構想を捉えてから細部に落とし込むこともありますが、小さなディテールが全体に響いていくこともあります」と色部氏。そのブランドが伝えたいメッセージ、その空間が歩んできた歴史を捉えながら提案されるさまざまなアイデアは、つい細部まで目を凝らしてみてみたくなるような繊細なクリエイティブだ。
Session2:木住野 彰悟 氏 「文字を使ってその空間のアイデンティティを表現する」

続いての登壇は木住野氏。木住野氏は2007年にグラフィックデザイン事務所6Dを設立し、企業や商品のビジュアルアイデンティティを中心に、空間づくりや自身の展示など、幅広く活動している。
まず、文字を使ったアイデンティティの表現として挙げられた「対馬博物館」のサインでは、韓国を中心に海外からの観光客が多いという土地柄を踏まえて、日本語だけでなく、英語、韓国語が全て同じ面積で表現されている。また、独特なエイジング加工がされた質感は、古くから対馬の人々にとって重要な意味を持つ「刻印」をモチーフにしているものであり、その土地に寄り添ったディテールとなっている。ウェルフードブランド「imperfect」のパッケージデザインでは、生産者への還元やウェルビーイングといった、ブランドコンセプトをそのまま表記するだけでなく、包装紙が持つ特性を活かして、紙を広げた時に初めてテキストの全容が見えてくるデザインになっている。日本語と英語が縦と横に組まれたレイアウトは、メッセージを柄のように溶け込ませることにより、押し付けがましくない、より自然な形で伝わるデザインになっている。
また、木住野氏が手がけた特徴的な仕事の一つに、洋菓子メーカー「不二家」のリブランディングがある。古い歴史を持ち、さまざまなブランドロゴやサインが乱立していた状況下で、世間が最もブランドを認知しているポイントがどこかを徹底的にリサーチ。人々が最も「不二家らしさ」をイメージするものは「ペコちゃん」であるという結果を踏まえ、ペコちゃんを記号化した新たなブランドロゴが完成した。歴史あるクライアントだからこそ、綿密なコミュニケーションや、プロセスごとの丁寧なプレゼンテーションが不可欠なプロジェクトとなったという。
その他、オフィスリニューアルに伴うサイン計画やさまざまなリブランディングに携わってきた木住野氏。ロゴやサインの表現だけで完結させるわけではなく、空間の特性や素材感を活かし、その空間を使う人の体に染み込ませるような、さり気ないけれど奥深い工夫が随所に込められている。
Session 3:色部 義昭 氏 & 木住野 彰悟 氏 「クロストーク」

講演の後は、改めて色部氏、木住野氏両名が登壇し、クロストークが行われた。
文字選びに関してチーム内でどのように指導しているかを問われると、木住野氏は「こうしなさい、と言うよりは、自分が面白いと思ったものを教えて欲しいというスタンスであることが多い」といい、また、師匠である廣村 正彰氏の言葉にも触れながら「違和感を作りたいと言うよりは、空気を作りたい。変わったことをやってみたいと思いつつも、10年前からそこにあったような空気感をめざしてしまうところがある」と、長年ブレることのないものづくりへの姿勢を語った。
色部氏は、繊細なデザインを作る上でのクライアントへのプレゼンテーションについて「イメージをやり取りしていくプロセスの中で、手繰り寄せるように互いの共通項や手がかりが見つかることもあれば、感度が高いクライアントには初めから完成度の高いものを提案しないといけない緊張感もある」といい、相手に届く手法で的確に伝えることが重要だと語った。また、「デザイン要素の一つとして文字をどう捉えるか」と言う問いに対しては「床材がコンクリートか木かを選ぶようなマテリアル的な要素として選ぶこともあれば、“叫んでいるような感じ”“流れるようなナレーションの雰囲気”と言うように音感的な要素を求める時もあります」といい、デザインにおける文字の力を改めて伝えてくれた。
ブランドが持つ世界観を存分に引き出しつつ、受け手が自然と引き込まれてしまうようなデザインの力。そこにはディテールの一つ一つの積み重ねが不可欠であると言うことを、知る貴重な時間となった。
