モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第11回 - こんな時にはこんな文字 ―気持ちが伝わる文字って?―

2013年11月5日、株式会社モリサワは、第11回モリサワ文字文化フォーラム「こんな時にはこんな文字」―気持ちが伝わる文字って?―を開催いたしました。モリサワ本社4F大ホールにて、当初の募集人数をはるかに超える300名が参加。演出家・CMディレクター・CMプランナーなど、各方面でその才能を発揮する大宮エリー氏と、グラフィックデザイナー・アートディレクターでGRAPH代表取締役社長の北川一成氏をお迎えし、気持ちを込めたタイプフェイスというものについて論じていただきました。なお、今回のフォーラムは、ddd ギャラリーでの「大宮エリー展」との共催のトークショーとなりました。

大宮エリーの伝わる言葉、伝わる広告

大宮エリー氏

大きな拍手の中、ご登壇いただいたお二人。期待に膨らむ会場の空気に「緊張してます…。来てくださってありがとうございます」と大宮エリー氏の第一声からフォーラムは始まり、まず二人の馴れ初め、そして「大宮エリー展」への思いを北川氏が語られた。北川氏は自らを「グラフィックデザイナーをやったり、印刷屋のおっさんをやったりもして」と説明し、ご自身がgggギャラリーで展覧会を開いた時に、印刷屋さんをやるのは初めてだと言われ、「そうなんだ…。ここはデザイナーさんの場所なんだ」と思ったこと、しかし、デザイナーばかりがデザインを作っているわけではない。世の中の色々なあり方を映し鏡のようにして、紙面なり何かで言葉にしたり、情報にしたりしていくのがグラフィックデザインの仕事だと思っている。印刷もそこに関わっているし、コピーライターも関わっている。文字そのものだって何かを伝えている。そういう色々なものがあってデザインコミュニケーションが成り立ち、その成果物としてポスターがあったりする。それを作っている人として、たまたま自分は印刷屋だったけど、と前置きをし、グラフィックデザイナーではない大宮氏の個展開催へのいきさつを語られた。たまたま大宮氏からもらったポートフォリオに、今まで気になっていた、これはイケてる、いいなぁと思っていたものが全部入っていたそうだ。一つひとつの点が一気に繋がり、驚いて「おまえ、才能あるなぁ!」と思わず電話をしてしまった。ええ迷惑やったと思うけど、と北川氏。デザインよりなんか伝わる言葉、伝わる広告、ずっと覚えている広告、記憶に残る文字、言葉…。言葉が捨てられないってすごい。「この人の広告で、コンセプトやコピーがええなぁと思ったんです。プロやなぁと思った」と話された。

北川一成氏

実はそのポートフォリオは、広告代理店時代に社内営業用に映像を集めたものだったと大宮氏。緒方拳さんが登場する“ネスカフェ”の広告は企画を通すのが大変だったと振り返る。「違いがわかる人というので、文化人が出ていると文化的でしょ?みたいなのをそれでいいのかな?と思って…。ちょうど上司が海外出張でいなかったので、いない間に変えてやる!」と、入社三年目に提案したのは「会話の中にカルチャーがあっていいんじゃないか、普段のなにげないコーヒータイムはカルチャーだ」というものだった。責任を取れるのかと言われ、辞めればいいのかな?わかりましたぁ!と。そして結果は売れたのです。続いて“ミンティア”の広告のお話。「業界トップになりたい」と依頼され、名前が全く認知されていないのが問題…、どうしたものかと悩んでいる時に、ビアガーデンで見たバドガールに「あれじゃない?すごい!バドワイザーって書いてあるよ!」と、同じようにボディースーツを作り、ミンティアガールが宣伝してもしょうがないところへ行くというコンセプトで展開したそうだ。タレント広告ではなかったので低予算で済み、ミンティアガールがサンプリングすると、テレビで見たことのある人というのでタレントに見え、人が集まってくれたり、サンプルを受け取ってくれたり、写メを撮ってみんなに宣伝してくれたり、広告だけでシェア1位になったそうだ。賞は取らなかったが、広告でモノが売れたり、自分がやったコミュニケーションで商品を買ってくれた人、好きになってくれた人がいたりするという思い出に残る仕事だったと話された。

大宮エリーを伝えるすごい書体

グラフィックデザイナーではない大宮氏がggg、dddで個展を開くことになったのは、北川氏の紹介。「デザインはコミュニケーションや。おまえはコミュニケーションの仕事をしてるんやから。ってことはデザインやってるやん!と言われて、やることになっちゃいました」と、個展のリーフレットを手に「個展やし、自分で描いた方がええんかなと描いた絵に、北川さんがこの書体をつけてくれました」と大宮氏。思いを伝えるというか、こういうトーンだよというので絵を描いてみた。あとはアートディレクターが商品にカスタマイズしてくれるだろうということで。デザインってプロダクトにおとすことというか、絵は素材にしかすぎないですから…「この書体にしたのはどういうことですか?タイプフェイス的には?」と問いかけると「キャラクターというか、大宮エリーってこんな感じ。これ、モリサワさんの書体ですよね。絶対売れてないですよね…」と北川氏。会場には笑いが起こる。すかさず大宮氏が、重鎮の浅葉克己さんに「わぁ、一成すごい書体使ってんなぁ」と言われ、葛西薫さんには「普段使わないよね」と言われたと続けると、北川氏は「悪かったなぁ…」とつぶやき、「人のこと言うて、どう思います?この絵。おまえど素人やろみたいな、ね。このポスターの反対面は巨匠っぽいんですよ」と笑って反撃。「いやいや、書体、すごくいいなぁと思って。仕事展っていうのでカッコいいのをいくつか作ってくれたけど、なんか、そういう感じのキャラじゃないから、敷居が低い感じにしたかったの。へたな感じなのがいいって。ここでスピーチするような人ではなくて、一生懸命生きてきただけ、色々な仕事をたまたまいただいて、演劇の仕事とか、映画の仕事とか、なんかびびりながらやってきただけ。びびりながら勇気を出してやってきたよっていうトーンで絵を描いたの」と大宮氏。続けて北川氏が「推薦した立場もあって、正直、これやばいなって思ったんですよ。デザイナーの人たちに怒られると思って。大宮もアートディレクションできるみたいに言うて…それっぽいのを作ってたのに、これじゃなくて、みたいなこと言うから…。で、この絵がきて腑に落ちたんです」と話し、「ちょっとカッコいいのとか、もう2パターンくらいあったけど、私はこの書体じゃなきゃイヤだって。これが絶対いいって言ったんです」と大宮氏が続ける。

「書体ってすごく大事で、一歩間違うと誤解されちゃう。自分っていう人間をなんか、“大宮エリー、今こういう感じね?狙いね?…ちがうよ!ちがうよ!”みたいな。書体、命。書体が合わないとね、なんでこういう書体選んだの?っていう人とはなかなか仕事できないなっていうくらい。3つくらいあった中でこれがぴったりきて、一成さんさすがって。いい球、投げてくるな、みたいな」と、キャッチボールをやっている間にミットのど真ん中にスパッっとくる、そんな感じだと話された。書体については「きちっと読めるけど、柳っぽい?ふわふわはためいてる感じがするというか、ちょっとお祭りっぽいし、なんかレトロな感じもするし。私の個展ってカッコいいぜ、すごいぜって感じでもないし、色々一生懸命やってきたから、これからも頑張っていく途中経過をみんなに見てもらって、みんなだったらこの仕事どういうふうに考えました?このドラマはこういう依頼を受けて、こういうふうに作ったんだけど、みんなだったら違う風にもってきたかもしれないよね?というように、みんなが参加してくれるような雰囲気がよかった。それでこの書体が気に入った。遊び心があるしね」と語られた。北川氏は「デザインにもうんちくがあって、左右対称じゃなく、余白を見てデザインしましたみたいな。字詰めにもぶっきらぼうさとか、てんぱってる感じが出るかなとか考えてあるし、クレジットもヘルベチカで揃えたらプロっぽいから、片方はたまたまパソコン開いたら出てくる小塚ゴシックをそのままつこてます。タイポグラフィーを勉強している人なら、最後、ここツメ甘いな…みたいなね」と会場の笑いを誘いながら話された。「全然わかんないよ~。そこまでこだわってたんですね?」と大宮氏。お話を聞けば聞くほど、お二人の思いが至る所にちりばめられていることが伝わってくる。

一番初めにやるべき仕事は気持ちのコントロール

モリサワのフォーラム用のポスターの絵についても「モリサワやから森と沢やん!」子どもの気持ちで森と沢が描きたくなったのだと話す。髪を洗ってもらっている美容室の空気がとても良かったので、そこで一気に描き上げたという。大宮氏のトーンに、会場にもわくわく感が伝わっているようだった。銀座での展覧会の話では「1Fは作品展示、地下は新作やろと浅葉さんに言われ、一成さんに相談したら、バーッて布を張って、そこに絵を描いたらええんちゃう?というので、そうすることにしたけど、すっごく広くて、描いても描いても終わらず、ここだけの話、失敗したかも…どうしようって友人に言うと、頑張ってやんなよ最後まで、と言われて。ものごとあきらめたらあかんね。ひきで見てみたら、なんか足りなくて、それで神様を入れようと顔を描いていったらええ感じになったんです。オープニングでは色々なアートディレクターの方が来るじゃない?ホンモノきたー!みたいな状況で、やばいって思っていたら、永井一正さんが来たから、こわいこわい!って思ってたら、『いいよ!いいじゃない!すごくいい。楽しい気持ちになる。ありがとう。いやぁ!こんなにへたな絵はすごくいい!』って言われた。下手だって言われて、ありがとうございます!ね」と、描いた時の気持ちを言い当ててくれたことが嬉しかったと語られた。技術もないし、勉強をしてきたワケじゃない。作品を作るということは、その人の気持ちやコンディションが全部出ちゃうので、わくわくウキウキしてできる状況を作ること、気持ちが大切で、ものを作る上で気持ちをコントロールすることが一番初めにやるべき仕事だと思うと大宮氏は話された。また、文章を書く時は必ずBGMを選曲してから始める。どういうトーンの、色合いの、どういう風が吹いていて、どういう気温か、テーマ曲みたいなものを選び、その曲をずっとループさせるそうだ。参考資料は音楽とごはん。感動したごはんは食べた後の気持ちを覚えている。そういう料理が何品かあるので、その食後感や読後感になるようにしていると話し、北川氏に「注意してることあります?デザインする上での作法みたいな」と聞いた。

コミュニケーションは“つかみ”が大切

「素人になる」と答えた北川氏。「印刷もそうだけど、なまじっか技術などわかっていると、できないとか言い始める。経験が邪魔するというか、クライアントの顔色を見てしまう。でもポスターを作っても売れへんかったらあかんでしょ。クライアントの向こうにある思い、アルバム作ったら、そのアルバムを聴いてるファンの人。ポッキーやったらポッキー食べてる人がどう思ってるか。そこがデザインの着地点で、そこに行くためにどう飛ぶかだと考えてる」と続けられ、大宮氏も関わったルドン展の広告制作の裏話を披露してくださった。「コミュニケーションとして関係ないって思われたら終わり。関係ないと思われたら、もう見てくれない、聞いてくれない。つかみが大事。お題を考えると「やったね!」しかないんだけど、これ、大宮エリーが書いたって言われるとイヤだなって思う仕事も多いっていうか、なかなか意図を言えることは少ないから、仕事ってつらいですよね」と大宮氏。デザインについては、広告として割り切るというクライアントと、いくとこまでいってみましょうかと、結局一番選ばれないと思っていたものが選ばれたと話す北川氏。

もちろん意図があってのことだが、これが物議を醸し出し、いくつかの学校ではこれを通してデザインを考えようということにまでなったそうだ。やわらかい関西弁の北川氏に引き込まれ、大阪生まれの大宮氏からもいつのまにか関西弁がこぼれ、どんどん気持ちの伝わるトークショーとなっていき、会場も笑いに溢れ、なごやかな空気に満ち、質疑応答へ。「広告代理店に入るきっかけは?」「お芝居やドラマに入っていったきっかけ、ストーリーはどうやって浮かんでくるのか?」「この仕事をやっていて良かったという瞬間は?」「アイデアが思い浮かばなかったり、仕事に行き詰まった時どういう風に乗り越えてきた?」という質問に、予定時間を大幅に延長し、ひとつひとつ丁寧に答えてくださったお二人。終了後は1Fのロビーでの書籍の販売とサイン会も行われた。

「大切にしているものは何ですか?」と聞かれれば、「人によって態度を変えない。正直であること」と答え、ラジオの原稿は読んでくださる人をイメージして、書体を選んでいたという。その人によって書体を選ぶのは相手に対するラブレターみたいなもの。書体を見て伝わると思う。感じ取って、乗っていく。そしてそれが電波に乗って誰かの気持ちに届く。書体が大事っていうより、色々仕事をしていく上で人の気持ちになる事が大切。それが書体を選ぶってことなんじゃないかなと話す大宮氏。ある事をきっかけにタガがはずれ、ダサイ書体って誰が決めたん?響くものは必ずしもカッコいいもんだけじゃない。もう一度整理して、自分の中でほんまに伝わるコミュニケーションはどんなことなのか。それをタイポグラフィーで、我流で色々作ってみている。大宮さんが正直にと言っていたように、自分の身の丈で、虚勢をはらずに。自由じゃないとダメだと思っているが、自由とは責任を持つことだと考えているという北川氏。お二人のお話から、気持ちが伝わる文字という視点に新しい風を感じ、それぞれの思いに触れることができた有意義なフォーラムとなった。