モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第9回 - WE LOVE TYPE―欧文書体のデザイン

2012年10月20日(土)、株式会社モリサワは、第9回モリサワ文字文化フォーラム「WE LOVE TYPE―欧文書体のデザイン」タイプデザインコンペティション2012特別記念講演を開催いたしました。

モリサワ本社4F大ホールに140名、東京本社会場に60名が参加。「タイプデザインコンペティション2012(Morisawa Type Design Competition 2012)」の開催を記念して、欧文部門の審査員を務める4名のタイプデザイナー、ドイツ・ライノタイプ社の小林 章氏、アメリカ・フォントビューロー社のサイラス・ハイスミス氏、ニューヨーク・ホフラー・アンド・フリアジョーンズ社のサラ・ソスコルン氏、第2回のフォーラムでもご登壇いただいたカーター&コーン・タイプ社のマシュー・カーター氏をお招きし、それぞれのテーマのもと、各氏の視点から欧文書体にまつわるお話をいただきました。

なお、本公演は同時通訳で行い、世界で活躍されるタイプデザイナーの共演をより多くの方にお届けできるよう、サテライト会場の東京本社へも同時中継いたしました。

「書体デザイン・産みの苦しみと楽しみ」

小林 章 氏

小林章氏

現在、ドイツ在住。ライノタイプ社で朝から晩まで書体デザインをしているという小林氏から「当然、そんなに簡単にはできませんよ。どうして、書体デザインというのはこんなに手間がかかるのかということをお話しようと思う」と、フォーラムは始まった。

昨年の5月に発表されたご自身のAkkoという書体をスクリーンに。ドイツのスーパーマーケットの名前が変わった際、そのPennyという名は、このAkkoをベースにデザインを変えたものが使われた。ライノタイプ社に注文が来て、若干デザインを変えたもので、パッケージ、段ボールのカートン、その他、様々な商品にAkkoが使われていて、ドイツにいるとよく見かけるそう。Akkoの最終形をスクリーンに映し、ここにたどりつくまでには紆余曲折があった。昔のスケッチから、没になったバリエーションのスケッチもいくつか提示。実際には使われなかった「rf」の合字も紹介。工夫すればするほどかえって複雑になるという悪い例だと語り、あまり目立ちすぎるより、何もしないようなのが良いとコメント。

次にイタリック体の話へ。ほぼできあがっている状態なのに何か物足りない感じがしてしまった。「なぜかね…」と小林氏。そこで、ルネサンス期の書体の雰囲気を持ったものが面白いんじゃないかと思っいつく。これは、結局は思いつきで、あるいは誰にでもあるうぬぼれで、自分がそういうイタリックの形を知っているんだということをを見せたいという部分もちょったあったのだと話す。
「自分で作って、色々な組み方をして、やっぱりダメだと判断する」というように、自分で自分にダメ出しをする。そういう目が必要だと言う。最終的にたどりついたのは、シンプルなイタリック。「冷静に考えると良いのはどっち?使いやすいのはどっち?」と考えるとシンプルに戻った。へんなことを思いついてしまい、遠回りをして2、3週間はロスしている。審査員としてこういう場にいるようになっても、まだまだそういう失敗はしているのだと話す。

最後に、ヘルマン・ツァップ氏との共同プロジェクトでの裏話も披露し、経験を積んだデザイナーでも、自分が最初に描いたスケッチの通り、思い通りに修正なしで仕上がるフォントなんてないと語る。自分で作って自分で見直し、時には自分で没にする。何度もこういうサイクルを経て仕上がる。「書体デザインというのはすごく手間がかり、そういった苦労がフォントの中には詰まっているのだということをもう一度考えてください」と小林氏。書体デザイナーは色々なところで自分の書体と出会える。本屋に入れば自分の書体があるとか、どこかの町で見る広告に使われているとか。こういうのを見ると嬉しいし、作って良かったなと思うと小林氏は締めくくった。

「The Shape of Space 余白のカタチ」

サイラス・ハイスミス 氏

サイラス・ハイスミス氏

アンリ・マティスは「私はものを描くんじゃない。私はものとものの違いを描くのだ」と言った。こんな簡単な言葉でタイプデザインの重要なことを語っているとハイスミス氏は始めた。書体は、全ての文字をひとつのグループに属しているように見せ、しかし個別には認識できなくてはいけない。このためにはバランスが必要だが、どうすればそんなことができるのか。「その秘訣は、文字を描かないこと。文字と文字の違いを描くことです。ものとものの間を描くということは、イメージの中の「余白 (empty space)」の重要性を意識すること。この余白というアイデアは、私が描くもの、教えることの核心をなしています」と続けた。

スクリーンを使い線を描く。一本の水平線は大空と大地の出合う場所、ふたつのものを一緒に描いていることになる。一本の線と考えず、それが創り出している形を考えることができるのだと説明。形の関係性が重要で、このような形に意識を持った時、当然、ポジティブスペースだけでなくネガティブスペースにも目を向けることになる。これを「余白のカタチ」と呼びたいと語り、「文字の中と文字の周りにある空白に注目してデザインできれば、釣り合い、バランス、ウエイトといった問題の90~95%は自然に解消される。あとは文字自体に小さな修正を加えればOKです」と話す。タイポグラファーの仕事の大部分は、本文と文章にマッチするようにスペースを調整すること。学生には、タイポグラフィについての細かいルールではなく、色々な種類の空白からできている段落について考えるように教えている。空白に注目し、ものとものの間を見る、文字と文字の間を見るように、視覚的アプローチをとっているそうだ。

絵を描くのが大好きだというハイスミス氏がタイプデザイナーになったのは、描くということにおいて、文字を描くのが一番難しいものに思えたからだそうだ。タイポグラフィへのアプローチは、カリグラフィーや歴史ではなくグラフィックアートにルーツがあると言う。この仕事を始めた当初、自分の描いた文字はタイポグラフィに見えないと悩んでいたが、今はこれこそが強みであり、少なくとも他の人との差別化だったのではないかと考えている。文字とアートといった2つの世界の間を行き来し、絵に対するアプローチとタイポグラフィに対するアプローチは、どちらもお互いに補完しあっていて、一方を抜きにしてはどちらもありえない。アウトサイダーのように感じることも否めないが、あえてこのスタンスをとり、タイポグラフィの世界とアートの世界の狭間にいたい。ふたつの間のスペース、そこでこそアクションが起きるのだからと語った。

「H&FJ’s Landmark: Discoveries in Creating Inline and DimensionalType 新たなデザインの発見インラインや立体的な書体」

サラ・ソスコルン 氏

サラ・ソスコルン氏

ソスコルン氏は「実は簡単だと思っていたことがいかに複雑か…」と、新しいタイプフェイスのリリースのために行ってきた活動、予期しないできごとの数々を語ってくれた。

1952年に建築されたリバーハウス300パーカービルニューヨークのレストレーションにあたり、もともとの建物の文字を使うということで、書体の開発も始まった。残っていたのは、E ・H・ L ・O・ R ・S ・U・ Vの8文字。これらを新書体のDNAとし、残りのアルファベットを作っていかなければならない。スクリーンには新しいタイプフェイス・LANDMARKが映し出された。大きなファミリーを作っていくにあたり、ウエイトや幅を変えるのではなく、バリエーションを作ろうということになった。ドロップシャドー、インライン、アウトライン等、様々なバリエーションがあるが、既存の形から数学的に変え、少し手を加えれば簡単にできると考えていたそうだ。「それが…」と、スコルン氏はスクリーンを使い具体的な作業の説明を始めた。

シャドーは数学的に45度の角度で押し出すというもので、水平、垂直に同じウエイトを持ち、ポジティブシェイプはそこで除外するというもの。とても簡単にできるはずだったが、予期しないことが出てきた。例えば、水平のストロークの方が縦と比べて重く見えるということ。同じウエイトで描くと、横の方が太く見えてしまう。そこで、水平のドロップシャドーは少し薄くすることにしたと「H」で説明。これを全てに展開することで、優雅でデリケートなフォントになったと話す。他に曲線を持った文字の例で「O」、斜めの線については試行錯誤を繰返した「K」、引用符等、多くの事例でどのように手を加えていったかを解説した。

また、一つひとつ文字ではわからないテキストの流れでの差、タイプフェイスデザイではこれも重要で、さらに手を加え、ミクロレベルの変化を積み重ねていく。ウエイトを取る、追加する、角度を変える、スペースを変える…でも、何も変えていないように見えることがポイント。本来、苦労したことろは見せたくないが、このように見えない作業を積み重ねてきたのだということ、どのように仕事をしてきたかを見ていただいたとソスコルン氏。

数学的には正しくても、視覚的には正しく見えないということ。「タイプフェイスデザインのルールというのは、メカニカル、プログラムだけでできるものではなく、多くの何百もの視覚的修正を行ってはじめて良いものができるのです」と熱く語り、「もし、次のバージョンが日本語だったら…欧文でもこんなに苦労したのに、どんなに難しいか頭がいたいですね」と、次のバージョン・MYSTERIOUS STYLEの登場はもうしばらくお待ちくださいと締めくくられた。

「Capitals and lowercase 大文字と小文字」

マシュー・カーター 氏

マシュー・カーター氏

カーター氏は、欧文のアルファベットには2つある。大文字と小文字だとスクリーンに例を映し、「見てわかるように基本的に同じもの、似ているもの、全然違うものとあるが、このふたつの関係性はとても重要でうまくフィットするように作らなければならない」と語り、今回のコンペティションの審査でもたくさんのデザインに会ったが、関係性が合っていなかったものもあり、賞を受けたものについてはもちろん優れた特質も持っているが、それに加えて大文字と小文字の関係が良かったとも述べられた。アルファベットの歴史を振り返り、大文字と小文字をつくらなければならないという宿命の中、今までの歴史の中で色々な試みがなされてきたのだと、初めてのタイプフェイス、ローマン(Roman)から、手書きを模倣したスクリプトタイプ、とても美しいイングリッシュラウンドハンド(English Roundhand)など、いくつかの書体を紹介しながら話を進めた。

東京会場

アメリカでは見出しは全ての単語を大文字で始める。とても権威の高い新聞・ワシントンポストが、ボドニー(Bodoni)は使いたいんだが、全ての単語を大文字で始めたいというので、文字のプロポーションを変え、大文字と小文字の関係を調整した。他に、タイトルのためのタイプフェイス、テキストに使うのではなくディスプレイに使うもの、小文字のないものなどを紹介、ゴシックの大文字だけで言葉を書くのは難しい例として、エール大学の事例を出した。エール大学の建築様式はゴシック。19世紀にリバイバルがあったのだが、残念だったのはゴシックの文字までリバイバルしてしまったということ。何の建物か読めないので、看板を立てることになり、コミッションを受けたそうだ。印刷用とオンライン用とサイン用を開発したがとても苦労したという。サインをデザインした人たちは、建物の名前は全て大文字でなければならないと言う。例えば、HALL OF GRADUATE STUDYED を全て大文字でなんとか読めるようにと、やったことのない挑戦だったが、この書体をつくることになって嬉しいとも話した。

他にもレタープレスのリバイバルで新しくつくったウッドタイプのポジティブとネガティブの2つのバージョンや、ミネアポリスのウォーカーアートセンターのアイデンティティのためのタイプフェイスなど、多くの事例を紹介し、最後に、東京での展示会用につくられた田中一光先生のポスター、招待状などを例に出し、欧文の世界では縦に文字を並べることがなく、日本で見るポスター等は新鮮に見える。縦組みと横組みの両方使える日本のみなさんを羨ましく思うと述べた。