モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第8回 - Redesigning Leadership - リーダーシップのリデザイニング

2012年7月2日、株式会社モリサワは、第8回モリサワ文字文化フォーラム「Redesigning Leadership - リーダーシップのリデザイニング」を7月2日(月)に開催しました。

モリサワ本社4F大ホールにて150名が参加。ロードアイランドデザイン美術大学(RISD)学長である前田ジョン氏をお招きし、デザイナーとして、またリーダーとして、デザイン、テクノロジー、リーダーシップの間にある実りある分野の探求から、この3つがどのようにクリエイティビティの新しいルネサンスをもたらすのかをお話しいただいた。前田氏からまたとない機会をいただき、前フォーラムからわずか5日後の異例の開催となったが、遠方からのご参加もあり、注目のフォーラムとなった。(なお、本公演は同時通訳で行いました。)

前田ジョン氏とモリサワ

前田氏とモリサワの出会いは1996年。伝説のデザイナー・田中一光氏からのご紹介で、モリサワのロゴを使いコンピュータグラフィックス的なことをやってみたいという前田氏の要望がきっかけとなった。企業のロゴをそのように使うということは想定もしておらず、現常務の森澤武士がお会いしてお話をうかがったところ、信頼できる、ユニークなアイデアを持っている方だということでポスター制作を手掛けていただいた。前田氏は、マサチューセッツ工科大学でメディアアートの教鞭を執り、メディアラボの副所長を経験された後、若くしてアメリカで最も古い美術大学・RISDの学長に就任された。モリサワは2010年にRISDとパートナーシップを結び、毎年9月から一年間、社員1名が留学し、教育を受けている。この秋3人目を送り出すことになるが、過去2名の社員は確実に成果を上げ、成長して戻ってきている。

ART × SCIENCE ~ “I was just playing hard!” 一生懸命遊んできた ~

前田ジョン 氏

森澤武士が前田氏を紹介、軽やかに登壇され、"Hello!"のひと言からフォーラムは始まった。最初に長い間モリサワのファンであり、友人でもあったので、ぜひモリサワで話をしたいと思っていたと前田氏。「私の興味は技術とデザインを組み合わせること、サイエンスとアートを組み合わせることだった」。20年も前となる当時、コンピュータを使い白黒の世界で遊びたかったのだというモリサワのロゴを使った作品を紹介し、“技術で遊ぶということを求めていた”と、New York Times、Reebok、Googleの特別サイト、ギャラリー、『だいたいの時計』など、かつての作品を紹介した。遊ぶのは簡単なことだと思われがちだが、特に“役に立つ遊びは難しい”ということを理解してもらわなければならない。遊びたくないとなると、世界はとてもつまらないものになる。「想像してください。モリサワが200年に1書体しか開発しないとしたら?」と続け、MOMAの永久保存作品もあるが、どうやってここへ至ったのかと問うと、“ 一生懸命遊んできた”のだと語った。

そして2001年頃、もっとフィジカルなものを作ろうと、iPodを使った作品を制作。もっともっと遊ぶためには何ができるかを求めてできたものだったそうだ。この頃「あなたはクリエイティブだ。お金のことは気にしなくていいよ」と言われ、これについて考えたと言う。NewYork Timesを広げてみると紙面にはお金のことばかり。そこでお金を理解するためにMBAを取得した。これは趣味、素材のようなもの、少し道から逸れたが、技術からアート、デザイン、ビジネスと学んだことになる。デザイナーで本当にお金のことを理解している人がどれだけいるだろうか。逆に、本当にお金のことがわかる人にデザインがわかる人、技術がわかる人がどれだけいるだろうか。本当にお金のことがわかるようになるというのは良いことだと思う。ここでクロスするととても面白いことが出てくるのだと前田氏は語った。

日本について感じていること

前田氏のバックグラウンドはとてもベーシックだと言う。シアトルの豆腐屋で育った彼は、父の夢であったMITに見事に入学。そこで電子工学を学び、修士論文は半導体物理学だった。「もうこれで充分だ、好きなことをすれば良い」と父に言われ、6年間、日本のアートスクールへ。移民の父に日本人らしく育てられたものの、それは同世代より30年は古いと思われる日本。日本に来た時には父の知っている日本は現実の日本とは違うということに少しがっかりし、ある意味ショックだったと言う。そして日本について感じていることを話したいと前田氏。

ひとつ気づいたことは、「私の名前は前田ジョンです」と言うと、みんな「ジョンさん」と呼びたがる。他の人は名字で呼ばれるのに、なぜ自分は名前で呼ばれるのか。これには混乱した。父はお客さんから「前田さん」と呼ばれ、大人に対してはそういう呼び方をしなければならないと聞かされていたからだ。そこで、自分の名前をリ・ブランドしようと、ミドルネームの「剛志」を持ち出してみたが、無駄だった。やはり「ジョンさん」と呼ばれる。今ではあまり気にしないが、当時は違った。日本では名前が重要だと父から教えられていて、“剛志”の“志”は父から、そしてその父から受け継がれている文字。アメリカ生まれの私にはコンセプトとして“志”というものがよくわからなかったので、人生をかけてこの“志”とはどういう意味かを学ぼうとしたのだと話す。日本の“志”とは重要なパワーの源、可能性の源である。日本は常に橋を架けてきた。素晴らしいデザイン、テクノロジーの源だったSONY、本多宗一郎、ファッションブランド、モリサワ、MUJI、今ではUNIQLOも海外での人気が高まっている。企業が日本のデザインを橋として世界へ運び、日本は世界に対して重要性を保ってきたのだと、馴染みのある映像を用いて、日本について話し始めた。

“BRIDGE”ーーー 『ちびまる子ちゃんの花輪くん』から。「What is HanawaKun? 花輪くんはとても興味深い。単純に日本にとどまるのではなく、橋を作っている。あなたはちびまる子ちゃんなのか、花輪くんなのか、それとも両方併せ持った感じなのか。IDENTITYとして日本人としてどこなのか、あなた自身、個人としてだけでなく、会社にとっても、花輪くんに倣わなくてはならない。海外では日本のアイデアを必要としている。あなた方も海外のアイデアを必要としているはず。学生はぜひ日本から外へ出て欲しい。

“MUSH UP”ーーー 唯一の娯楽であった月に1回程度の映画館。そこで毎年6月頃に上映されていたのが『紅白歌合戦』。日本は不思議な国。でもエネルギーに溢れ、可能性が秘められていると感じていた。水前寺清子、郷ひろみの映像、そしてある年、非常に不思議なことがあったと松村和子を紹介。♪き~っと~帰ぇって~くぅ~るんだぁとぉ~♪の歌声を聞きながら、「アイドルでもなく、おばさんでもなく、両方を兼ね備えている。演歌とポピュラーの両方。彼女はなんだったのだ?色々なアイデアがごちゃ混ぜになっていると思った。日本はこういう組み合わせをするのに長けている、“MASH UP ”と呼ぶ組み合わせだ。忘れてしまいがちだが、日本は純粋で素朴な国だが複雑なアイデンティティを持っていると解説。そして美空ひばりの『柔』を1987年と1967年のふたつ紹介。なぜこれを指摘したかというと後で説明するが、これが日本の精神。日本が台頭している時は常に何かにトライしていて、これによって日本が浮上してきたということが重要だ。

“BROTHERHOOD”ーーー続いて父が好きだったというやくざ映画に。「高倉健、鶴田浩二をご存知ですか?私の家族にとっては神様のような人たちです」と微笑み、ストーリーが非常にシンプルで不思議だったと説明する。一つは死ぬということ。もう一つは殺すということ。そしてその組み合わせ。これはどういう世界なのかというと“兄弟”。この曲をご存じですか?と♪親の血を引く兄弟より~も~♪と歌が流れた。この“兄弟”という精神が日本を作った。このひとつの統一感。必要であれば死ぬということ、また、必要に迫られれば殺すということ。この精神は日本に根ざし、エネルギーとなって最終的には産業となった。日本の産業には世界をリードするだけのエネルギーが溢れていた。

“TECHNOLOGY”ーーー次は『子連れ狼』。「すごいでしょ?父が死んだらおまえも死ねと言ってるんですよ!日本だけです。こんなこと言ってるのは」と驚きを口にしながら、主人公は機関銃のついた乳母車を押し、非常に技術があって、スキルがあって、技能・技術を使う人なのだと説明。BATMANの先駆者だ。

“POWER”ーーーそして『水戸黄門』の印籠。「これはなんですか? パワーのあるものなんですよね?」日本のドラマの共通のテーマ、遠山の金さんにも暴れん坊将軍にも、とてもパワフルなものがある。これが意味しているのは、リーダーに対する信頼。良いリーダーだということ。日本の歴史を振り返ると、非常に多くの企業に水戸黄門のような良いリーダーがいて重要な役割を果たしてきたことがわかる。

“WARRIOR”ーーー『機動戦士ガンダム』も登場。知らない人はただロボットが戦っていると思うだろうが、これは人間の心理の問題。HUMAN TECHNOLOGYが問われているドラマだ。

“BEAT UP”ーーー『あしたのジョー』では、殴られて、殴られて、最後に立ち上がる。こういうキャラクターはどこの職場でも見られるキャラクターだった。クリエイティブワークでは特にそう。非常に難しくいつも殴られている(笑)。

“EVERYDAY LIFE”ーーー『千と千尋の神隠し』からは、有名な「おにぎりシーン」を紹介。スタジオジブリの鈴木氏が言った「ジブリはリサーチをしない。頼りにするのは日常生活の中にあることだ」という言葉を紹介。

“FAILURE”ーーー最後に『寅さん』から。本当に興味深く、日本の一番良いところを非常に高いレベルで具現化していると語り、映画のシーンの説明では会場の笑いを誘った。寅さんはいつも、何をやっても失敗する。でも重要なのは、普通は失敗を嫌がるものだが、寅さんは失敗したら“次はどうしよう”と考える。これはクリエイティビティというものを具現化している。失敗することを恐れない。寅さんはシンプルで面白いキャラクターだと話し、“志という字は“士”= warriorと“心”= heart が組み合わさっている。これもシンプルで面白い。戦士であることと心をも持つことの繋がり、どうやってこの2つを組み合わせるかを日本映画は示してきたのではないか。渥美清は人生をかけて、ずっと寅さんというイリュージョンを通して、日本にその感性、文化、価値を示してきた。

これらのことはモリサワとの関係でも重要なのだと前田氏は話す。この後、モリサワの若手3名が登場するが、彼らは『子連れ狼』の資質を持ち、会社をもっとよくしたいと思っている人たち。そして“兄弟”ということでは、森澤ファミリーにはすばらしい関係がある。Technology、Design、Art、Leadership ... モリサワと私を結びつけた田中一光氏は自信を持った、それでいて謙虚で、リーダーとして従ってくる者を助けたいという気持ちを持った人だった。美空ひばりをもう一度見てください。1967年から1987年の20年。その間、何回『柔』を歌ったでしょう。素晴らしいのは、こういう一貫性を持って続けてきたことですと、多くのキーワードを提示した後、RISDの留学生3名を『モリサワのしぶがき隊』と会場に呼び入れ、質疑応答で進行した。留学を終えた阪本と入江はそれぞれの感想と学んだことを報告し、前田氏は“デザインの経験のない人がデザインを学べるのか”という試みに対する二人の成果には驚かされたと話し、教えられたことが2つ。1つは、リーダー・森澤彰彦がそれを可能だと信じていたこと。もう1つは、留学生の彼らが提示した価値観をあきらめなかったということだと語った。そして、これから向かう菊池は「前田氏が提唱している“STEM TO STEAM”というところに興味を持ち、アートは0から1を生み出す。教育そのものの在り方、楽しみながら学べるという新たな価値生み出すということを学びたい」と話した後、阪本がRISDのキャンパスの様子と彼が関わったプロジェクトをスライドで紹介し、3人のコーナーを終えた。

デザインは感情を創り出す

さて、スクリーンには時間の画面。時間というのが唯一、人生で意味を持つと思っていると前田氏は始めた。RISDの学長になった時、師匠である片岡氏から「人生は25歳まで、50歳まで、75歳まで、100歳までと、25年単位で4つに分かれている。ほとんどの人は4番目までたどり着けない。3番目は体に支障を来してくるので大変。2番目が最後のチャンスで、人生の違いを作り出す時期。1番目は重要だが、どれほど重要かということは手遅れになるまでわからないものだ」と言われたそうだ。今、自分はどの時期にいるのか。どのように時間を使うのかが重要で、それが全てだと思い、どのようにして文化が時間を使うのかを勉強しようと思ったと非常出口のサインをスクリーンに映す。火事が起きてる。逃げろ!というサイン。シカゴでは走っている。マイアミではマティーニかなにか飲みながらゆっくりで、走っていない。日本では非常に早く走って逃げている。シアトルでは走っているが、何か楽しそう。このように、文化によって時間の感覚が違う。サインは全てを語っている。タイポグラフィは感情を表現するが、技術は感情を持たないと続ける。そして、1980年・最初に所有したコンピュータだとApple IIがスクリーンに。最初はソフトウェアもなくテキストだけ。そこから画像、音楽、動画、ブラウザーへと進化していった。携帯電話も同じ。文字から画像、音楽、動画へと、スマートフォンも同じで同じループを繰り返している。「数年前、私はこの終わりのないループを壊すコンセプトを見つけました。ここでデザインが重要になってくるのです。デザインは本当にパワフル。私の役割の一部は、デザインは何かということを説明することです。デザインとは、内容(contents)と形(form)の関係をつくるものなのです」と話し、FEAR (恐れ)という単語でデモンストレーションを始めた。サイズを変え、形を変えるとすごく怖く感じる。書体を変えれば冗談っぽくなったり、高級レストランのロゴのように見えたりもする。感情も変わるということを説明された。一文字変えて、単語がFREE(自由)になると、内容が変わるし、全てが変わる。デザインは内容、内容が形を操作すると言う。また、形が変わると内容も変わり、感情も変わる。デザインは感情を創り出すのだと語った。

アートは“?”

続いてアートの話。アートはあまり好きじゃない。よくわからないという人が多い。「アートってなんですか?」という人がいるのは、うまくいってるということなのだと前田氏。「アートはわかってもらうためのものではなく、いわゆる“?”マーク。みなさんに、質問、疑問を持たせるものです。例えば、骨董屋での価値はただ“古い”ということ。私はよく NEW MEDIA ARTISTと言われるが、何?と聞かれても、とにかく新しい、NEW MEDIAはNEW MEDIAだとしか言えない。つまり、古いとか新しいということではなく、何が良いものなのかが重要。Cloudは新しい。Dirt(土)は古い。それらを組み合わせて良いものにするのです。良いものというのは、古いものの中の一番良いものと新しいものの中の一番良いものから育っていくことがあるのです」とまとめた。

寅さんスタイルのリーダーシップ

森澤彰彦 社長

過去においてリーダーシップというのは、パワー、絶対的権力だったが、今ではfacebookなどで、ヒエラルキーが平たいネットワークになり、技術が発達したことで変化し、混乱を招いた。リーダーシップにはトラディショナル・リーダーシップ=間違いを避けるというものと、クリエイティブ・リーダーシップ=間違いから学ぶというもの、この2つのフレームがあるが、クロス・オーガニゼーションの時代となった今、「寅さんスタイルで。ミスは怖くない。正しいことを望み、それに対して正直でいることが重要なのです」と、森澤彰彦社長を招き入れての対談となった。何年もモリサワの仕事をすることができ、モリサワの変化を見てきたと言う前田氏。森澤に質問を投げながら、フォーラムのまとめに入る。森澤は、「RISDとのパートナーシップについては、とにかく実験。若い社員は、前例のないことをやるという経験を通して手探りで色々見つけてきてくれたんだと思っている。そこを大きく望んでいたわけではないが、RISDがそうさせたのだ」と話した。「どうなるかはかわからなかったが、何か良いことが起こるだろうと思っていたということ。リスクの高い形で行ったことが、良い方向でのサプライズを生んだ。二人は成果をもたらしたと思う。そして、モリサワは密接に繋がったファミリーだということ、これが何をもたらし、どういう意味があるのか。ビジネスにおいて強力なコミュニティーを持つことは信頼を醸成するということにあると」前田氏が話し、森澤は「創業者は開発者で、二代目はセールス寄りの経営者。自身はテクノロジーから入り営業へと。どちらの良いところも見ている。今年は65期目になるが、常に“文字を通じて社会に貢献する”という企業理念に基づいて行動し、創業者から変わらず同じ思いを持ち続けていること、印刷出版業界で長い間培ってきたこの継続性は、信頼を勝ち得る大きなひとつだと思っている」と語った。前田氏は「モリサワの写真植字機は日本のみならず、様々なアイデアからきているものだと思うし、他の国へも普及していると思う」と、欧文写植機への経緯の説明を求め、非常に驚いたのはそのテクノロジー。日本の無形のテクノロジーに基づいていると話し、「世界はさまざまなアイデアを求めており、日本には非常に多くのアイデアがある。そのクリエイティビティやイノベーションを取り入れ、勇気をもって何かを試していくということは、どのような企業にとってもこの不安定な時期には難しいことだが、挑戦しているモリサワにはお礼を言いたい。常にだれか一緒に行ってくれる人がいれば確信を持てることもある。もう一度日本の外に対しても進むことができる。世界は変革しているし、日本の声が必要なのだ。モリサワはそれほど大企業ではないが、日本を新しい方向へ導くことができると思う」と締めくくった。