モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第15回 - WE LOVE TYPE2

株式会社モリサワは、第15回モリサワ文字文化フォーラム 「WE LOVE TYPE 2」を20141124日(金)に開催いたしました。

モリサワが主催する書体デザインコンテスト「タイプデザインコンペティション 2014」の審査会に合わせて行なわれた当フォーラムには、審査員を務めた5名のタイプデザイナーが登壇し、文字、書体について実際に手がけられた書体の例を挙げながら、4時間にわたって講演。

2012年に「タイプデザインコンペティション 2012」の審査会に合わせて開催された、第9回モリサワ文字文化フォーラム「WE LOVE TYPE―欧文書体のデザイン」に続き、タイプデザインに興味を持つ多くの方がご来場され、モリサワ本社4F大 ホールにはおよそ150名の方にご参加いただきました。セッションは、タイプデザインディレクターの小塚昌彦氏による「日本語組版の宿命」(90分)、サラ・ソスコルン氏によ る「Quarto: A revival and reinvention of an early display type」(25分)、フレッド・スメイヤーズ氏による「Walk the line ‑ Type design, practice, and history」(25分)、サイラス・ハイスミス氏による「Letters, Rabbits, and Monsters」(25分)、マシュー・カーター氏による「Optical scale in type」(25分)と5部で構成され、各氏よりタイプデザインに対する考え方をお話しいただきました。

「日本語組版の宿命」

小塚 昌彦 氏

小塚 昌彦 氏

モリサワ「タイプデザインコンペティション2014」で特別審査員をつとめた小塚昌彦氏は、1950年から毎日新聞社技術本部において毎日新聞書体のすべてのデザインを手がけ、モリサワのさまざまな書体にも関わってきた。長いキャリアを持つ小塚氏は、セッションの冒頭で、自身が育った時代といまの時代では、組版だけでなく日本語そのものが変わっていることに触れ、「いまの組版について、将来につながるものをみなさんと考えてみたい」と語り、縦書きと横書き、ふたつの組み方向を持つ日本語という特異な言語が抱える“宿命”を、近代以降の文字の歴史をひも解きながら解説した。

えんぴつと毛筆で育ったという小塚氏。当時は読みものは縦書き、広告や新聞の見出しは横書きで右から左に読む時代だったと言う。いまでこそ、ノートのように手書きのものは、左からの横書きで書き記されるが、読みものの多くが縦書きであることに触れ、横書きの文化はまだ定着していないのではないかと疑問を投げかけた。日本語自体もシンプルになっていると言い、「蝶々の『ちょう』は『てふ』の『ちょう』、町長の『ちょう』は『ちやうちやう』の『ちょう』」という言葉とともに、同じ「ちょう」という音だけでも、いくつもの書き方があったことを紹介。

「これが国語の試験のヤマだった」と言うと会場からは笑いが起こった。一方で、こうして言葉が簡単になっていくことは、文化としてプラスになったが、日本語としては後退しているのではないか、という示唆に富む投げかけもあった。続いて、スライドを中心に日本の読み書き文化を振り返るパートへ。明治21年の大阪毎日新聞を例に挙げ、活字で組まれた同新聞には見出しがないことを指摘。時が移り、昭和20年の毎日新聞の例では、右から左に読む横組みの見出しのほか、大小異なるいくつかの見出しを紹介した。右から左に読む文字は、戦後、左から右へと変化したが、この大きな変化に小塚氏は「頭を切り替えなくてはならなかった」と話す。さらに時は進み、1週間前の新聞を映し出すと、新聞の本文にも横書きがあることに触れ、時代により変化する組版を新聞を例にわかりやすく解説した。次に紹介したのは広告。斜めに組まれたものや縦組みの中に90°回転した文字を入れたものなど、さまざまな組版例を取り上げ、なんとかして目立たせよう、読んでもらおうとするその意気込みを評価するとともに、先人たちの組版の苦労を偲んだ。また、『運命のSOS』とも『SOSの命運』とも読める小説の広告を例に、右からの横組みと左からの横組み、それぞれの方向が混在していた当時の日本語組版の複雑さを示し、特異な例として一枚の中で右からの横書きと左からの横書きが混在する竹久夢二のポスターを紹介した。このほか、1924年から1957年にかけて刊行されていた雑誌『キング』の広告と、現
在の『週刊現代』の広告を比較し、印象こそ変わらないが、文字は現代のタイプフェイスに代わり、コンピュータによる組版になったことで、組版の自由度は高くなったと語った。

小塚氏は、漢字のタイポグラフィは大きな宿題を背負っていると話し始めた。漢字は中国からの来たものであり、かなは平安時代に漢字をあてはめて音(おん)を取り入れ、それを単純化したものとしたうえで、ひらがなが定着してきた頃の文字として紀貫之の例を、漢字とかなのバランスがよいものとして松尾芭蕉『奥の細道』序文を例示。文字の連続によって表現されてきたひらがなは、明治に入り、かなを細分化して、ひとつひとつを枠に押し込め、活字として使う時代になったと現在に至る文字の変遷を解説すると、氏が筆を使って50ミリ正方の原図用紙にかなのデザインをするプロセスを紹介して見せた。次に、カタカナが持つ宿命的な欠陥に話は移り、漢文の返り点、送り仮名としてスタートしたカタカナは、漢字の一部を読みとして使っていたこともあり、漢字に比べると非常に小さいのが特徴だったと話す。しかし、「アメリカ合衆国」などのようにテキストの中にカタカナが多く登場するようになると、小さなカタカタと大きな漢字では意味が同格に見えないと考え、昭和35年頃、新聞書体のカタカナを書き直した。編集部員からは抵抗もあったと小塚氏は当時を振り返った。

書体デザインの流れの中で、もうひとつの問題点として取り上げたのが昭和30年代の「新書体ブーム」。毛筆体のかなは古いとされ、その代表的な新書体として画線の水平・垂直が整えられた「タイポス」が登場した時代である。しかし、ひらがなの原点に遡れば、「は」は漢字の「波」から生まれ、「に」は「仁」、「ほ」は「保」からそれぞれ誕生している。この由来を考えると、部首「さんずい」から生まれた「は」の左側と、部首「にんべん」から生まれた「に」
「ほ」ではつくりが異なっていてもよいはずであるが、これを揃えようとしたのが「新書体」であると指摘。同様に、「ろ」「る」はそれぞれ「呂」「留」が元にになっていることを考慮すれば、「ろ」の上の線は短く、「る」の上の線は長くてもよいことになる。

さらに、ひらがなそのものの形に話はおよび、日本タイポグラフィ協会が発行する『Ti』誌に寄せた原稿を映しながら、かなの形の由来を検証。
「安」から生まれた「あ」の終筆部のまるみは、縦組みの際に下に続く文字に自然につながるように、なるべくして成った形であり、「乃」から生まれた「の」、「加」から生まれた「か」の形も合わせて紹介。「ひらがなが生まれた平安時代、縦組みで文字を書いていなかったら、この形になっていなかったかもしれない」と語り、かなを扱ううえでは、こうした原点も頭に入れておいたほうがいいと解説した。こうした手の動き、筆の流れは、文字の点画ひとつひとつに影響を及ぼしているからだ。これを裏付けるように、小塚氏は、文字の原点は右手が書いた軌跡であり、それは世界共通であると言い、自身の「TypedesignPrinciple」として「文字は目で見る言葉である。」「文字の形は右手の軌跡である。」「タイポグラフィは民族のもの。」という3つの原理を提示した。そして、終筆の方向で分類したひらがなの一覧を見せると、会場に向かって左下方向で終わる「あめのちうつろゆらりすみわけ」の文字を「横書きで急いで書いてみてください」と投げかけた。これらの文字は左で終わるため、縦書きでは素直に書けるが、横書きでは書きにくいということを来場者とともに確認した。

一方で、70~80年代に流行した丸文字で書かれた手紙を取り上げ、ここでは横書きでは書きにくいとした「あめつちの…」の文字の終筆をベースライン付近で止めることで自然に次の文字につなげられていることに触れ、「書き文字として非常に自然にこなされている。このあたりに将来の横組みのヒントがあるかもしれない」と意外なアプローチで文字デザインの未来をのぞかせた。続いて、自身の名を冠したアドビシステムズの書体「小塚明朝」「小塚ゴシック」を紹介。ひとつの骨格から細いものから太いものまで6つのウエイトを展開したこの書体のおもしろい使われかたとして、漢字に「小塚ゴシックH」、かなに「小塚ゴシックR」を使った例を映し出すと、「これもタイポグラフィのひとつのありかたかもしれません」と話した。セッションの最後には、「日本語が背負っている縦組み・横組みの宿命は、現代にいたるまで一向に解決されていません。習慣で横組みで組んではいるが、本当にいいものができているかというとできていないと思う」と現在の文字、書体、組版がいまだ課題を残していることに触れ、これに対し、「若い人にぜひトライしてもらいたいとつくづく思います」と締めくくった。

「Quarto:Arevival and reinvention of anearly display type」

サラ ソスコルン 氏

サラ ソスコルン 氏

ニューヨークのホフラー(Hoefler)社で上級デザイナーを務めるタイプデザイナー サラ・ソスコルン氏は、「今日は近々発表する『Quarto』というタイプフェイスファミリーについてお話したいと思います。書体の開発には何十年とかかりますが、これも例外ではありません」と、書体制作のプロセスを話し始めた。

Quarto(クアルト)」は、同社のジョナサン・へフラーとソスコルン氏が8年ほど前に製作に取りかかった書体で、16世紀のフランドルの文字(Flemishi type)をベースにしている。しかし、現代の使用に耐えられるものにするため、まずはその歴史をよみがえらせ、さらに刷新する必要があった。

Quarto」はもともと、コンデナスト社の『portfolio』誌のための専用タイプフェイスを作ってほしいと言う依頼からスタートした。表紙にはマシュー・カーター氏の「Caslon」が使われていたが、これに対応するように中面の特集のタイトルやディスプレイ向けに使いたいということだった。「Caslon」につながるものをと考えた時、ソスコルン氏はまず「Caslon」の歴史を紐解いていった。

「『Caslon』はこのイングリッシュスタイルと考えられてますが、実際にはダッチテイストにイギリスの解釈を加えたもの、と考えられています。エックスハイトが高いということ、圧縮された密なプロポーションであること、縦向きのストレスがあるということです」そして、1718世紀に作られたダッチテイストの書体として、ヨハン・フレイッシュマン(Joan Michaël Fleischman)、 ロザール(Jacques‑François Rosart)、ニコラス・キース(Miklós Tótfalusi Kis)、ヴァン・ダイク(Van Dijck)、ドリッ ク・バスカンス(Dirck Voskens)の文字を次々に紹介し、結果的には「Caslon」のデザインの影響を与えたこれらの書体よりも、さらに1世紀さかのぼり、16世紀のヘンドリック・ヴァン・デン・キーア(Hendrik van den Keere)のものをベースとして使うことになったと説明した。 ヴァン・デン・キーアは、フランドルで活躍していた活字職人で(本セッションでは便宜上ダッチとしている)、ダッチテイストをタイポグラフィに取り入れた新しいダッチオールドスタイルの先駆者でもあった。ソスコルン氏はこのヴァン・デン・キーアの文字のクオリティをさらに洗練させ、現代に合うよう解釈を加えていった。

「一部の文字に見られる奇抜さや、改善の余地がみられるところがありますね。例えば、「A」「E」「F」は本来細いはずの横の線が太いですし、「k」の右側の「<」の部分では上下の角度にシンメトリーが見られません。このほか、「T」の上に突き出した部分を「C」「G」「Z」にも足したり、始筆と終筆のところをきっちりと定義しなおすことで現代風にアレンジしようとしました。これは予想外に大変な作業になってしまいましたけれど」こうして試作と検証を繰り返してできあがった文字を映しながら、ソスコルン氏は「よりくっきり、すっきりした感じになりましたね。いまの読者には向いているかなと思います」と前半を締めくくった。

ヴァン・デン・キーアの文字をアレンジした「Quarto」だったが、ヴァン・デン・キーアの時代ではイタリックが作られないことは一般的なことだった。つまり、「Quarto」のイタリックは、オリジナルのない状態から作らなければならなかった。「ヴァン・デン・キーアだったら……」と想像して取り組む中で、ソスコルン氏は先駆者たるヴァン・デン・キーアに続く職人たちがつくったイタリックを参考にすることにした。ここで参照したのが、前述のニコラス・キースの文字と、フランスのクロード・ラ・メールの文字。このふたつを取り入れてイタリックを作り上げたと話す。続いて、具体的な制作プロセスの紹介に話は移り、曲線の動きをより自然な流れにした「m」、始筆部分の横のストロークに重みをつけた「v」、ディセンダを大幅に縮めた「g」などをオリジナルの文字と比較しながら紹介した。こうした調整の結果、幅や傾きが揃えられ、一貫した書体デザインになっているのだとソスコルン氏は語る。

このようにして、2006年に「Quarto」のローマン(Medium)とイタリック(Medium Italic)は完成したが、依頼のきっかけとなった『portfolio』誌は惜しくも2009年には廃刊になってしまった。しかし、「Quarto」はその後もウエイトの拡張を行なっており、Light/SemiBold/Bold/Black4ウエイトにイタリックを加えて近日リリース予定だと紹介。「みなさんに気に入って頂けるとうれしい」と笑顔で話し、セッションを終えた。

「Walk the line - Type design, practice, and history」

フレッド スメイヤーズ 氏

フレッド・スメイヤーズ氏は、多くの特徴的なタイプフェイスを作り上げたデザイナーであり、プランタン=モレトゥス博物館(アントワープ)の研究員であり、ライプツィヒ視覚芸術アカデミーのタイプデザイン担当教授でもあるという多才なタイプデザイナーだ。著作のうちのひとつ『カウンターパンチ(Counterpunch)』は、2014年秋には日本語版が刊行されたばかり。セッションは、氏がどのようにしてこの仕事につくことになったのか、過去を振り返るところから始まった。

フレッド スメイヤーズ 氏

スメイヤース氏は冒頭のスライドで自身が若い頃の写真を見せ、小さなMacIKARUSに出会ったことが、デジタルフォントを作るきっかけだったと言い、「C」という文字から「G」を作り出すのはどうすればいいかを考え、シンプルなフォントを作ったと語った。 そして、1992年に初めてリリースした書体「Quadraat(クアドラート)」を紹介すると、「あの頃、世界はもっと単純で、フォントファミリーはRegular/Bold/Italic/Small Caps4つからできていました。当時、私は若くて、ちょっとばかで、少し勇気がありました。まともなデザイナーならbold Italicなどいらないと、bold Italicを消して、Small Capsに変えたわけです」とエピソードを添えた。スメイヤーズ氏は、今でこそ一般的な書体にも含まれている合字もこの「Quadraat」 のために作ったそうだ。 スメイヤーズ氏が一番好きな「Quadraat」の使われ方は新聞のような出版物だと言う。1997年から今日に至るまで使われている例として『London Review of Books』を紹介し、「Quadraatでテキストを読むのをいつも楽しみにしています」とタイプデザイナーならではの喜びを打ち明けた。 しかし、書体は作った本人すら想定しなかった使われ方をすることもあったようで、香水の瓶に使われていたのを目にしたときには、とても奇妙な展開と映ったと言い、「こういった使い方もあるのかと。いまでは喜ばしいことだと感じていますが、当時は慣れるのに時間がかかりましたね」と思い返す。

Het A'dam boek』という本の表紙デザインの例では、写真の上に大きく「Quadraat」で組まれた文字がレイアウトされていた。グラフィックデザイナーのほうからコンタクトがあった際に、「なぜ、『Quadraat』のようなテキスト用の書体を大きく表紙に使ったのですか?やはりその文字の後ろの写真が見たいのではありませんか?」と尋ねると、「本を開けば写真を見ることは可能です。『Quadraat』は、特徴的だけれども、攻撃的でない、みんなの友達なんです」という答えが返ってきた。この時、「もしかすると彼が正しいのかもしれない」とスメイヤーズ氏は考えたという。

こうした用途の広まりを実証するように、自身が手がけたロゴや書体が使われているNIKELLOYDS MARKETRoyal VKB といったブランドの事例を、解説を交えながら次々に紹介。 Philipsのパーソナルケア用品の仕事では、ブラシやヘアドライヤーなど色々な製品があるため、2週間に1回、新しいロゴを求められることがあり、これを効率化するために、すべてのアルファベットをフォントにした、いわゆるカスタムフォントを作るきっかけになったと語る。新聞用書体「Arnhem(アーネム)」が使われたユニークな例として紹介されたのは、展示会の壁に帯のように連なる文字そのものが展示デザインの一部となっているというもの。「タイプデザイナーとしてこういったものを見るととてもうれしい。こういった使われる方はわたし自身では想像することができませんから」

話は変わって、続いては「ステンシル」の紹介へ。紙や木を文字や模様でくり抜くステンシルは古くから使われてきた技法だが、スメイヤーズ氏は特に文字のステンシルに興味を持っているという。地域、時代問わずに収集した数々のステンシル、そしてステンシルで印刷された古く、大きな楽譜などを紹介し、その興味が高じて友人とともに開催した、ステンシル文字の展覧会の様子を映し出した。しかし、氏の熱意は展覧会に留まらず、自身のブランド・OurTypeでステンシルシリーズまで作ってしまった。「この書体は現在、アメリカ、フランス・リヨンなどさまざまな所でも使われている」と言い、お酒のボトルラベルを紹介した。

いまや制作がデジタル化したことで、使用する文字のサイズに制限はなくなったが、あまりに大きな文字に出会うと「文字によって攻撃されてるように思う」とスメイヤーズ氏。「文字はありとあらゆる場所に使われています。私もモリサワも、タイポグラフィの仕事をしてるわけですが、文字によって世界を制服しようと考えてはいけないと思います」と語り、上空からでないと全容を把握できないほど大きな文字が書かれたアムステルダム中央駅の横にあるバスターミナルの屋根を例に挙げた。 セッションの最後には、印刷、活字の歴史を学び、研究してきた研究者たちの延長線上に自身を位置付け、そのひとつの成果として著者『カウンターパンチ』を紹介し、セッションは幕を閉じた。

「Letters, Rabbits, and Monsters」

サイラス ハイスミス 氏

サイラス ハイスミス 氏

フォントビューロー(The Font Bureau)社にて、上級デザイナーとして新しいタイプデザインの開発に携わる傍ら、イラストレーションやアートワークといったさまざまな領域で活躍するサイラス・ハイスミス氏。文字や組版をグラフィック的なバランスとして捉える氏のロジックは簡潔かつ明快である。セッションは、何を話そうかとデスクを見渡したときに身の回りにあった、「文字」「兎」「怪獣」という3つのパートで構成された。

1つめの「文字」のパートでは、冒頭で「西洋と東洋のタイポグラフィでは、文字の構成、言葉の構成こそ異なりますが、文章(Text)、そして段落(Paragraph)の背景にある構造は類似していると思います。その違いを考えながら聞いてほしい」と前置き、タイポグラフィを考える際にはその構造こそが非常に重要であると語った。

話は著作『Inside Paragraph』(日本語書名『欧文タイポグラフィの基本』)をベースに進み、活版印刷がどのようになされてきたかについて触れるところから本題が始まった。

1450年代にグーテンベルクが開発したのは本でも印刷でもなく、文字を箱に入れて、そして拾い上げ、アレンジできるようにしたことであるといい、この発明が今日私たちが使っている文字の基本になっているとハイスミス氏は言う。文字ひとつひとつを書く代わりに文字を再現することが可能になり、それぞれの文字を標準的な箱に入れることで取り扱いを容易にしたのだ。氏はこのことを「たとえば、4足の靴を運ぶことを考えたとき、靴をそれぞれ運ぶよりも靴箱に入れて運ぶほうがいい」とたとえた。それは文字、行、段落といった要素を互いに関連づけることにもつながった。段落には黒と白、2つのビジュアルの構成要素があり、黒とはすなわち文字、白は背景を指すが、それは「インク」と「紙」というような層として考えるのではなく、パズルのピースのように噛み合うものだと解説。そのうえで、文字の中の空間(白)がカウンタースペース、文字の間の空間がレタースペース、行の間の空間がラインスペース、そしてこれらのスペースの総体としてグリフスペース(=箱)であるとした。 そして、カウンタースペース、レタースペース、ラインスペースについての詳しい説明が行なわれた後、グリフスペースについての解説では、「i」と「m」では必要な字幅が異なることに触れた。幅は文字によってさまざまであるが、高さは共通して同じであること。これは西洋のタイポグラフィにおいて重要な要素となっているとハイスミス氏は話す。文字の高さが揃えられていることで、文章を組んだ際に横の線を構成することができるようになるからだ。黒い線を白い紙に書くという手書きの文字から、黒と白で構成するタイポグラフィへの変化。この違いは小さなようで非常に重要、かつ面白い点だと氏は語った。

続いては「兎」のパート。日本の漢字が好きだというハイスミス氏は、漢字が文字の意味そのものを表していることについて触れ、「『兎』の文字を上下逆にすると本当に兎のように見えますね。本当にすごいと思う」と話すと会場からは笑いが起こった。

そして、氏が娘が34歳の頃からともに作っている絵本『THE LITTLE BUNNY』シリーズについて紹介した。親子でともに話を作り、ハイスミス氏が絵を描いて、編集をする。こうしたプロセスを重ねるうちに、文字と絵を組み合わせることの魅力に気づいた。絵を描くことは技術的には簡単だったが、文章に対して何を描くのかを考えるのが難しかったという。同じシーンを何度も書き直してはいろいろな方法で描き、ストーリーを正確に伝えるためにはどうしたらいいのかを考えた結果、いいストーリーがあってこその絵だということが見えてきた。そうした経験を踏まえ「兎を描くということはタイプフェイスを書くということと似ていると思います。文字もそれ自体を書くのは簡単です。特にラテンアルファベットであれば形も非常に単純、簡単です。ただ、どの形にすればいいのかを決めることが難しい」と語った。新しいタイプフェイスを描く際には、特定の用途を念頭に置くことで、ふさわしい形がわかる。そのためにも、タイプフェイスにはその役割がしっかりと定義付けされなければならないと言い、その例として自身が手がける新しい書体を紹介した。

最後のパート「怪獣」では、ハイスミス氏が赤と青、それぞれの色を重ねあわせて描く怪獣に、「怪獣」の漢字を添えた版画のような作品を紹介。日本の怪獣もの、そして漢字が大好きだという氏ならではの表現だ。楽しみながら、手早く、立って、勢いよく描いた怪獣の絵が赤と黒を刷り重ねることによって生まれるという、メカニカルなプロセスがイメージを体現していくさまもまた大好きなのだとハイスミス氏は語る。

「文字」、「兎」、「怪獣」という一見つながりのない3つのテーマは、ハイスミス氏が手がける仕事のそれぞれの側面を示している。タイプデザインをし、イラストレーションを描き、版画をつくり、本も書く。それらは互いに影響しあっており、「タイプデザイナーとしての力量があがるのも兎を描いているからだと思うし、兎がうまく描けるようになるのもまた、文字を書いているからではないか」と自身の仕事を振り返り、セッションを締めくくった。

「Optical scale in type」

マシュー・カーター 氏

マシュー・カーター 氏

活字のデザインからデジタルフォントまで、各時代に合わせたタイプデザインを世に送り出してきたマシュー・カーター 氏。雑誌、新聞、美術館、大学といったさまざまなメディアや施設の書体を手がけ、OSに標準的に搭載されている書体も数多いために、誰しも一度は氏の書体を目にしたことがあると言っても過言ではない。 セッションはこうした長年の経験を踏まえ、タイプデザインと視覚的なサイズ(optical scale)の関係について語った。

Monticello」は書籍用のタイプフェイスとしてデザインされたものだが、金属活字の文字は現在のように自由にサイズを変えられないため、いくつかのサイズを作る必要があった。紹介したドローイングはこのうち10ptのものであり、9pt11ptにも使われていたとしても、8pt12ptでは使われていないと補足した。当時の金属活字のデザインの現場では、同じ書籍用途だとしてもサイズの異なる複数のドローイングを作るのは一般的だったが、これは同時にのタイプフェイスを作るのにかなりの仕事量を要するということでもある。それぞれのサイズに対して、文字のデザインを最適化しなければならなかったからだ。続いて、カーター氏はサイズによる金属活字のデザインの違いを1916年の活字見本を使って解説した。6pt9pt12ptという3つのサイズの文字を同じサイズに拡大して比較。グリフスペースに対して、文字が占める割合やプロポーションが異なることを指摘した。6ptの活字は線が太く、幅もあり、重みがあるが、12ptの活字はエレガントなスタイルであり、それぞれのサイズで最善のものを目指してデザインされているのだと語った。こうした考え方を取り入れたカーター氏によるデジタルフォントの例として、マイクロソフト社と作った「Sitka」を紹介した。36ptから6ptまで、6段階のマスターを作り、表示・出力サイズにより最適なデザインを使用できるようにしたものだ。このときの視覚的なデザイン差を確認するため、スクリーンには「12pt12pt50%6pt」と3つのテキストを並べ、 12pt用デザインを50%に縮小したものより、6pt用デザインのほうが読みやすいことを示した。「12pt12pt200%/24pt」の組み合わせでも比較を行ない、「24ptのほうが線は細く、軽く、エレガントなデザインになっています。視覚的なクオリティも高く、ディスプレイ用に作られていることがわかります」と説明を加えた。

カーター氏はまず文字のドローイングを映し出すと、これはライノタイプ(Mergenthaler Linotype)社「Monticello(モンティチェッロ)」のタイプフェイスのドローイングだと説明。時は1944年、文字はすべて金属活字だった時代のものだ。

次に紹介した書体は、「Vincent(ヴィンセント)」。これは『NEWSWEEK』誌のために制作した書体だ。 Headline/Subhead/Textという3つを作ってほしいと依頼を受けたが、追加でさらに大きな見出し用(Banner)、太めの本文 用(Plus)、白抜き用(Reverse)が加わり、最終的には6つのバリエーションが生まれたと語った。これは書体を運用する 中で生まれた要請に応える形で拡張していった例だ。

以降は、テキスト用とディスプレイ用という用途の違いによってデザインのディテールにどのような違いが見られるかを中 心に解説が続き、その例として「Miller(ミラー)」を挙げた。ディスプレイ用(Display Roman)とテキスト用(Text Roman)、ふたつのデザインの比較しながら、ディスプレイ用は大きく使われるために装飾性を持たせており、一方、テキ スト用は読みやすさを重視し、より合理的なデザインになっていると説明した。また、同じ「Miller」の別バージョンとして ボストングローブ(The Boston Globe)社のために考えたものを取り上げ、大見出し/中見出し/小見出し用の3つを同じ サイズで重ねてその差を見せると「セリフの形や丸みの高さ、ステムの幅が微妙に異なっています。タイプデザイナーはこ うした微妙なところを理解して、デザインをしなければならないのです」と語った。

逆に極めて限定された用途として紹介された書体が、電話帳のために作られた「Bell Centennial」だ。1978年にカーター氏 が手がけ、想定使用サイズは6~7ptだったという。氏はスライドで、同じテキストを「Helvetica」とともに映し出し、小 さな文字でも読み間違えず、読みやすい、その書体の特徴について解説した。

次に紹介したのはディスプレイ用書体「Big Caslon」と「Big Moore Roman」。これらの書体はいずれも小さなサイズで使 うことはない文字だ。裏を返せば、大きなサイズでしか使われないということである。これはデザインにおいても非常に有 利に働き、装飾的な要素やテキスト用では行なわないような合字なども取り入れることができたと話し、「小さなサイズで は使われないという前提があれば、そこにはデザインをする余地があります。タイプデザイナーとして、よりファンシーな 形のデザインをドローイングで描いてみるんです」と付け加え、セッションを終えた。