モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第17回 - ウイリアム・モリスの軌跡 -120年を超えて愛される美しきデザインとケルムスコット刊本-

株式会社モリサワは、第17回モリサワ文字文化フォーラム「ウイリアム・モリスの軌跡 -120年を超えて愛される美しきデザインとケルムスコット刊本-」を2016年3月15日(金)に開催しました。

2016年はウイリアム・モリスの没後120年を迎える年。今もなお多くの人々に愛されるモリスの功績は色褪せることなく、モリスをテーマにした展示会は世界各地で開催されています。今回、大阪大学大学院 文学研究科教授・藤田治彦氏によるウイリアム・モリスの創作活動の軌跡、そのデザイン思想をテーマにした講演と、グラフィックデザイナー白井敬尚氏によるケルムスコットプレスで生まれた書体「ゴールデンタイプ」「トロイタイプ」「チョーサータイプ」の現代まで続く歴史的な影響と変遷をテーマにした講演の2つのセッションと質疑応答で構成。モリサワ本社4F大ホールには様々な分野から約150名が参加、約3時間半のフォーラムに加え、会場内ではモリサワが所蔵するコレクションの中から「ケルムスコット刊本」の展示を行い、「ケルムスコット刊本」をご覧いただくことで、モリスの世界をより深く理解し、歴史をご体感いただいた。

Session. 1 「ウイリアム・モリスの生涯とその現代的意味」

─ 藤田治彦 氏 ─

藤田治彦 氏(大阪大学大学院 文学研究科教授)

没後120年となる今もモリスの人気は高く、ますます注目を集めている。2014年の秋にロンドンのナショナルポートレートギャラリーで開催された“ANARCHY & BEAUTY”と題されたモリスの展覧会をスクリーンで紹介、イギリスを代表するアーティストJeremy Deller という人物に注目したいと藤田氏は語り、2013年のヴェネツィア・ビエンナーレの英国館の展示を紹介、Deller の作品に触れる。そこには、巨人として蘇ったウイリアム・モリスが、ヴェネツィアの運河に巨大なクルーザーを投げ込もうとしている姿を描いた作品があり、社会的な問題に反抗的な人々を取り上げた英国館で、19世紀のウイリアム・モリスと20世紀のデヴィッド・ボウイが並ぶ。そんな風に捉える Deller の理解は決して奇妙なものではないと続け、翌年2014年、同じ場所での建築展でもまた、モリスが重要な形で取り上げられた。ヴェネツィア・ビエンナーレでは2年連続で紹介され、ナショナルポートレートギャラリーでの展覧会に続き、オックスフォードでは “LOVE IS ENOUGH - William Morris & Andy Warhol -” という Deller が手がけた展覧会も開催された。イギリスではモリスを現代的に捉え注目している。ウォーホルは極端に言うならば、世界で初めて量産品の美的な質、性能的な質を高めた人。モリスはモダンデザインのパイオニアといわれる人物。この展覧会は二人に共通性を見出そうというもので、決して奇をてらったものではないと評し、話題はモリスの生涯へ。

モリスはエピングの森に囲まれた館に住み、自然に恵まれた環境で育つ。彼の作品に自然が深く反映されているのは、生育環境が大きく関係している。オックスフォード大学に入学したモリスが発行した『オックスフォード&ケンブリッジマガジン』という同人誌、グリム童話『鉄の男』を例に、モリスのページデザイン、イルミネーション(彩飾)、イニシャル(頭文字)、イラストレーション(挿絵)の説明、無二の親友バーン・ジョーンズにも触れる。続いてモリスが装飾芸術に向かう重要なきっかけとなった自邸「レッドハウス」を図面や、内装の写真で解説。モリスの3つの初期の作品、「格子垣」「ひなぎく」「果実」をスクリーンに。「ひなぎく」は、中世末の『フロワサールの年代記』に描かれたタペストリーにヒントを得ていること、モリスが手がけた“Book of Verse”、オマル・ハイヤームの『ルバイヤート』などを取り上げ、彼が中世の彩色写本に影響を受けていたことを解説。制作にあたってはそれぞれが得意な分野を担当する協働制が、近代デザインの開拓者といわれるもう一つの理由だと述べた。驚くほどの数の彩色手稿本を手がけた経験が、晩年の美しい「ケルムスコット刊本」へとつながっていく。ページデザインにおけるウイリアム・モリスの法則について述べた後に、話題はテキスタイル作品へ。

染めの最初の作品として「ジャスミンの格子」を紹介。ウォンドル川が流れるマートン・アビーに大きな工房を作ったモリスは天然染料の開発も手がけ、インディゴ抜染という手法を用いた。織りの作品としては「小鳥」を紹介。最後に、モリスの死因について主治医は「病名は“ウイリアム・モリス”。普通の人なら一生かかってもできない非常に重要な仕事を10人分こなし、そのために亡くなった」と答えたとされていると話し、「モリスはきわめて真面目な、そして情熱的な、そして全てを実践する、そういうタイプの人物で、そのために命を費やし、苦悩の多い人生を送った。だが、我々を含めた後世の人々に残した影響は非常に大きなものだった」と結んだ。

Session. 2 「ウイリアム・モリスのタイポグラフィとその影響」

─ 白井敬尚 氏 ─

白井敬尚 氏(グラフィックデザイナー)

白井敬尚氏はタイポグラフィ、活字と組版という視点からモリスを語る。19世紀末には産業構造の中にタイプデザインというものが職業として成立していた。アメリカン・タイプ・ファウンダーズ、東京築地活版製造所、銀座に創業した秀英舎などを紹介し、ウイリアム・ピッカリングとチャールズ・ウィッティンガムの「チズウィック・プレス」の話へ。この工房が使う「キャズロン」という書体は、欧文を組む際に「迷ったらキャズロンで組め」と言われるくらい整ったスタンダードな書体、現在もデジタルフォントとして健在。

続いて『チョーサー著作集』、『黄金伝説』から、「チョーサー」、「トロイ」、「ゴールデンタイプ」等の活字の説明、のど:天:小口:地 = 1:1.2:1.44:1.73というように、20%ずつ拡大していくと古典的な安定したブックフォーマットとなることを紹介。数値化、定数化、規格化が必要だと言ったほぼ初めての人がモリスであり、この考え方は後世に引き継がれ、これも非常に重要だと考えると語る。この後、プライベートプレスの紹介が続く。もっともモリスの影響を受けた「ダヴス・プレス」、その最も有名な作品『聖書』を解説、続けてエドワード・ジョンストンの“Writing & Illumination & Lettering”では、芸術として自分が良い本を作りさえすればいいという考えではなく、どうやって公的にしていくかということが考えられていると解説し、他に地下鉄用の書体、『インプリント』誌など、ジョンストンの功績を。また、「ウェストミンスター・プレス」、「ヴェイル・プレス」、「エセックス・ハウス・プレス」、「アシェンデン・プレス」をその活字と共に紹介。そして、モリスと次の世代を繋ぐ最も重要な人物としてバーナード・ニューディギットとその「アーデン・プレス」について。これらのプライベートプレスのほとんどの活字父型を作ったエドワード・フィリップの書体を披露した後、フランシス・メイネルとオリバー・サイモンを紹介。1889年に登場したモノタイプ自動活字鋳造植字機という当時最先端の機械の話題へ。イギリスのモノタイプ社ではスタンリー・モリスンが “Times New Roman”をはじめ多くの書体を開発、その功績は、歴史的な活字を調査・分析して機械に適合するようにシステム化、書体化し販売したこと。現在もデジタルに継承されているこの流れは、ジェンソンの見直しを初めて行ったウイリアム・モリスに関わると言えると述べた。そして、タイポグラフィ専門誌『ザ・フラーロン』で前世代の人々の功績を自分たちの言葉で伝えたこと、エリック・ギルに活字制作を依頼し、「パペチュア」、「ギル・サン」、「ジョアンナ」がその代表的な書体であることなどを紹介。ドイツでは、モリスの影響を受けた「クラナッハ・プレッセ」とジョヴァンニ・マーダーシュタイクの話。アメリカでは、ベントン彫刻機のために書体開発が行われ量産化が進んだ話、日本ではその活字が輸入され、活字鋳造所がこぞって復刻したことなど、モリスがやろうとしたことがこうやって日本にも伝わっていることがわかると述べた。他にもグラフィックデザインという言葉を言語化した人物としてウィリアム・アディソン・ドゥイギンスなど数名を紹介。

最後に白井氏は「現在に至るまで様々な人がいて、連綿とつながっていける根っこの部分を作ったのがウイリアム・モリスだと考えて良いと思う。モリスの前には、ヴィクトリア朝もあり、バロック、ロココもあり、イタリアルネサンスがあり、今だけのデザインを考えるのではなく、デザインをする時には、今の時代の横軸と、縦軸ってどうだったんだ?ということを考えていかなければならない」と述べ、講演を終えた。

本フォーラムにご来場された方全員に『ウイリアム・モリス ケルムスコットプレス[モリサワコレクション]全完本』を差し上げ、会場内の「ケルムスコット刊本」の展示では、展示についてのご質問もいただくなど、多くの方が熱心にご覧になっていた。