モリサワ文字文化フォーラム

ページメニュー

フォーラムレポート

第18回 - 「らしさ」のデザイン

2016年10月15日、株式会社モリサワは、第18回モリサワ文字文化フォーラム「らしさ」のデザインを開催しました。

モリサワ本社4F大ホールに約230名のご参加をいただき、グラフィックデザイナーの佐藤卓氏、マツダ ロードスターアンバサダーの山本修弘氏を招き、異なる分野で活躍されるお二人の業界業種の垣根を超えた特別対談による約1時間半のフォーラムとなりました。

自主プレが全てのスタート ─モノのデザインってほんとに面白い

佐藤卓 氏(グラフィックデザイナー)

佐藤氏の最初の仕事『ニッカ ピュアモルト』がスクリーンに。問題は広告ではないと考え、中身のウイスキー、ネーミング、値段、パッケージデザイン、広告宣伝の媒体等々…。全てを考え、自主的にプレゼンテーションし、OKをもらって形になったものだと解説。この仕事を持ってフリーランスとなり、モノのデザインは本当に面白いと思い、そこから色々な商品のデザインに携わってきたと話す。今回は、パッケージデザイン、商品デザインにフォーカスしてスライドを持ってきたという佐藤氏は、次に『ニッカ フロム・ザ・バレル』、マックスファクターの口紅、大正製薬の『ゼナ』、『ロッテ キシリトールガム』と紹介し、『ロッテ クールミントガム』のペンギンが5体並んでいるパッケージと『チロリアン』についてはそこに隠されたストーリーを披露。『カラムーチョ』、お米の『ゆめぴりか』、口の中に入れるモノと入れないモノでは、完全に自分の中でモードを切り替えていると言い、イッセイミヤケの香水のパッケージ、鳩居堂のお線香を紹介。『S&B スパイス&ハーブ』、『明治おいしい牛乳』と続け、「日本には縦組み、横組みがあって、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットと、文字文化がこんなに豊かに花開いている国は世界のどこにもない」と語り、最後に東京ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「デザインの解剖展」を紹介し、山本氏へと引き継いだ。

まだまだ燃え尽きない ─マツダ初の“アンバサダー”

山本修弘 氏(マツダ ロードスターアンバサダー)

ロータリーエンジンに憧れて四国から広島へ。マツダに勤めて43年。RX-7やレースの仕事に携わり、´91年にル・マン24時間レースに勝利。その後、ロードスターの開発に携わる。最後の8年間は4代目のロードスターの開発主査を務め、この7月にマツダ初の“ロードスター アンバサダー”となった。

4代目ロードスターは´15年の発売から一年間で3代目NCの10年分の台数を販売。´16年「日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、さらに「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」「ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」のダブル受賞という世界初の偉業を成し遂げた。

開発当初、デザインモデルを見て「無理だ」と言う現場。「工場ではなく工房として、匠の技と知恵の入った、製品ではなく“作品”を作ろう」と説得。「みんなエンジニアだし、職人だから、本当はやりたいんだ」とも話す。「作った人たち全員が『ロードスターは私が作った』と胸を張って家族や友達に言える。そんな車です」と微笑み、そんな人たちの思いをなんとか残そうと作った赤い表紙の“志ブック”を手に、「やっぱり初代が一番ピュア。初代のロードスターを本当に大事に思い、“原点回帰”という思いで、最初の志を明日に繋げたい、25年経っても50年経ってもロードスターに乗ってもらいたいと思っています」と山本氏。最後に言わせてくださいと、「さぁ、みなさん!ロードスターに乗って人生を楽しんでください。そして幸せになってください」と締めくくった。

 続く対談への期待に会場の空気も熱を帯び、お二人の特別対談が始まった。

“一瞬にして心ときめかせるデザイン” ─ありたい姿を描ききる

「4代目は“一瞬にして心ときめかせるデザイン”がテーマ。僕たちが作りたかったデザインはただ一つ。ライトウエイトスポーツカーとして“ありたい姿”を描ききることでした」と山本氏。他のメーカーは同じように考えていないのかと問う佐藤氏に「思いは一緒だと思う。どんなアプローチを取ったのか。僕たちには原理原則でやるということしかなかった」と、カウンタックの名を出し、ロードスターを例に、デザインとは実はとてもシンプルなものだと解説する。「素直に線を引けばいいんです。そうすれば、この美しいスタイルにしかならないんです。誰が描いてもね。カウンタックはそうしてできているから美しい。素直にこうありたいというものを作ったら、変わらない美しさができてしまう。それに僕たちは気づいたんですよ」と続けた。

「かっこ悪いものもありますが、他のメーカーの方々は気づかないんでしょうか?」と佐藤氏。「それはやっぱり欲が出るんですよね。なぜそこによけいな線を入れるのか。デザイナーは、自分らしさを出したいんですよ。“らしさ”ね。人とは違うものにしたがる。素直な自分になって自分が作りたいものを作れば、原理原則が自分らしさ。自分たちが作りたいモノのらしさと実は一致してしまうんです」と山本氏は明かす。

コラボレーションと主査としての的確な判断 ─美しいデザインのために力を尽くす

「デザイナーが絵を描いて設計すると思っていたら大間違いです。車は骨格から作っていきます。全てにレギュレーションがあって、安全基準、保安基準などの制約があるので、車の骨格となる車体構造はデザイナーには決められません。デザインとエンジニアリングのコラボレーションなんです」と山本氏。

車体構造が決まれば、まず変更はできない。だがロードスターではそれを行った。カウルポイントをあと5mmくらい下げたい。ワイパーは1.5mm、エアコンのダクトは1mm、クラッチペダルは1mmオフセットしよう…というように、全部ミリ単位で動かし、調整したそうだ。もうひとつ、ロードスターがかっこ良く見える理由がある。とにかく1mmでも小さいキャビンにしたこと。「それって当たり前なんです。原理原則でデザインすれば立派に見える車ができるんです。これはデザイナーにできることではなくて、デザイナーのアイデアを実現するためにエンジニアが骨を折らないといけないことなんです」と、開発秘話も続く。

ユニークなところは徹底的に作るが、そうでないところは徹底的に流用しようということにした。最たる例がアウトハンドルだ。「でもマッチしているでしょ?目に入るのはくぼみ(リセス)だからです。リセスをしぼれば悪く見えない。アウトハンドルは流用だが、リセスをしぼろう!と、努力をするんです。そういった時に僕は力を発揮できたんですね。レギュレーションではないので、リスクを背負えるんです。主査がこう決めたと言えと。デザインを悪くすることはしたくなかったと、俺は自信を持って言える」と、リセスに4本の指が入らないことを決めたこと、社内の市場適合性要件をロードスターに適用しなかったこと、トランクを開けるボタンの位置を決める際の裏話を聞かせてくれた。

「そういう話を聞きたかったんですよ!」と佐藤氏が「山本さんは、エンジニアでありながら確実にデザインマインドを持っているじゃないですか。どこで磨いていらっしゃったんですか?」と問うと、「レースでの様々な経験と初代ロードスター、セブンの開発時に、美しいデザインをするためにエンジニアが見つけなければならないものをずいぶん勉強させてもらった」と山本氏が答える。「その、“美しいデザインをするために”という気持ちがない人がいるんですよ」と佐藤氏が言うと、「それは誰からも教えてもらってないですよ。何が美しいのかそうでないのかというのは、みんな自分の心に聞いているだけじゃないですか?」と山本氏が問いかけた。

SKYACTIV TECHNOLOGY ─世界一を目指すブレイクスルーの精神

「マツダでは“ありたい姿”というのをよく使います。モノの本質があった時に、それからバックキャスティングして作る。ありたい姿を描き、それを実現しようというのがマツダのやり方だし、それがSKYACTIV TECHNOLOGYです。それは技術ではなく、考え方のこと。“アイディアと技術”で多くの課題をブレイクスルーしよう!ということで、それはエンジニアの仕事なんです」と続ける山本氏に「そういう社風を作っていくことは大変なことですよね。ビジネスライクに進めていくと誰も幸せになれない。会社も、それを手にした人も。こんなもんだろうというモノ作りが今、蔓延しているとも言えます。だから感動しない」と佐藤氏が語る。その言葉を受け「初代のロードスターのカタログを開くと『だれもが、しあわせになる。』と最初のページに書いてあります。この言葉は僕たちにとって大切な言葉で、車ってそうありたいと誰もが思っているんです。初代の偉大さ。その魅力にはかなわない。初代の良さには誰もが幸せになる “愛着”という秘密があるんです」。ファンミーティングに足繁く通い、ファンの声を聞き、プレッシャーを常に肌で感じている山本氏は話す。

最後に、「やっぱり“誰が見ても”というのは原理原則だし、こうありたいと思っている姿を実現しようと思ったんですよ」と繰り返す山本氏に「やりたいことではないですよね」と佐藤氏が重ねる。

「ありたい姿です」と、静かに自信に満ちた山本氏の声が返ってきた。

この後、質疑応答へと移りフォーラムは終了したが、佐藤氏と山本氏が目を輝かせた人たちに取り囲まれ、しばらくの間、談笑が続いていた。