モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第19回 - 国立アテネウム美術館作品から紐解く〜フィンランドものがたりと人々の暮らし〜

2016年11月4日、株式会社モリサワは、第19回モリサワ文字文化フォーラム「国立アテネウム美術館作品から紐解く~フィンランドものがたりと人々の暮らし~」を開催しました。

モリサワ本社4F大ホールに約150名の様々な分野からのご参加をいただき、フィンランド国立アテネウム美術館のスサンナ・ペッテルソン館長と文化プロデューサーのS2株式会社迫村裕子氏を招き、前半はペッテルソン博士による講演、後半は迫村氏のインタビューで進行。同時通訳による2部構成で開催しました。

拍手の中、登壇されたペッテルソン博士は最初に日本語で挨拶し、フィンランドの歴史に触れた後、フィンランドの優れているものとして、教育制度、ゲーム産業、ヘビメタ音楽、野生のベリー、美しい自然、建築、デザイン、素晴らしいアーティストが多く存在することなどを挙げ、他にも湖、森、サウナ、無限の静けさなどが知られていることから、フィンランドと日本の間には何か惹かれ合うものがあると、5つのテーマのもと、国立アテネウム美術館作品を通しての、フィンランドを知る旅を始めた。

Nature ─ 自然 ─

Wright, Ferdinand von
View from Haminalahti
1853
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

 最初に19世紀に活躍したロマン派、フェルディナンド・フォン・ライトの自然を写実的ではなく理想的に描いた「View from Haminalahti」を紹介。次に、より写実的に自然を描いているヴェルナル・ホルムバリの「Crofter's Cottage in Kuru」、自然と人をあるがままに描いたアルベルト・エーデルフェルトの「Kaukola Ridge at Sunset」、エーロ・ヤールネフェルトが描いたコリの風景画「Landscape from Koli」、そして冬の風景を描くことは特別な挑戦だったとペッカ・ハロネンの「Snow-Covered Pine Saplings」を紹介。自然はアートにも重要な役割を果たしていることをこれらは示していると解説した。

Brotherus, Elina
From the series The New Painting (2000-): Baigneuse de Saturnia 1
2003
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

また、コンテンポラリーアートとして、フィンランドの写真家、エリーナ・ブロテールスの「From the series The New Painting (2000-): Baigneuse de Saturnia 1」、ユッシ・ヘイッキラの「Seascape」、サンナ・カンニストの「Oporornis formosus」を紹介し、「自然は、私たちの土台であり、アイデンティティの基礎となっている。多くの人にとって孤独の受け皿となり、心を充電し、インスピレーションを与えてくれる様々な役割を持っている」と述べた。

Silence ─ 沈黙・静けさ ─

Männikkö, Esko
Hyrynsalmi
1990
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

沈黙はフィンランド文化の典型的な特長だと言えるとペッテルソン博士。現代の写真家エスコ・マンニッコの「Hyrynsalmi」を解説しながら「フィンランド語というのは言語ではなく、ベンチの上に静かに座ることなのだ」という言い回しがあると話し、続く作品を紹介する。

Simberg, Hugo
Towards the Evening
1913
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

内面を大事にしたエレン・テスレフの自画像「Self-Portrait」を、フーゴ・シンバリの絵画ではアテネウムの歴史上最も愛される作品として「The Wounded Angel(傷ついた天使)」と、2年前にコレクションに加えた「Old man and Child I(老人と子供)」「Towards the Evening」の2作品を紹介し、ヘレン・シャルフベックの自画像「Self-Portrait, Black Background」に続き、日常の中で捉えることができる沈黙・静けさとして2人のアーティストの静物作品「Päärynäasetelma」「Asetelma pöydällä」を紹介、最後にエスコ・マンニッコの「Kuivaniemi, Christmas」を再度紹介した。

Pure Form ─ 純粋なフォルム ─

Schjerfbeck, Helene
The Door
1884
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

いつどこでミニマミズムの種が植えられたのかを見ることができると、ヘレン・シャルフベックの19世紀末の絵画作品「The Door(扉)」を紹介。アーティストは純粋なフォルムを求めるべきだということを示したと解説。

Vanni, Sam
Abstraction
1954
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

続いてモダニズムの時代の力強い例として、最も純粋な本質を色とフォルムで表現したサム・ヴァンニの「Abstraction」を紹介。また、1950年代に移るとビジュアルアートのみでなく、その他のジャンルにも純粋なフォルムを見ることができると、デザイン・建築の作品として、アイノ・アールトのガラス作品、アールト夫妻のヘルシンキの自宅外観、リビング、美しいフォルムの椅子、蜂の巣ランプなどを、実用的なものとしてはフィスカースのハサミを紹介した。

Folk Tradition ─ 民間伝承 ─ と Shoes ─ 靴 ─

Gallen-Kallela, Akseli
The Giant Pike
1904
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

民間伝承では、フィンランド文化に重要な影響を与えた民族叙情詩『カレワラ』を視覚的に描いた有名な画家としてアクセリ・ガッレン=カッレラを紹介。1985年に編纂されたものから英雄ヴァイナモイネンがキタカワカマスを捕まえる場面を描いた「The Giant Pike」と母と息子を描いた「Lemminkäinen's Mother(レミンカイネンの母)」「Lemminkäisen äiti」の2作品を解説、それらにまつわる説話について語った。そして、テーマは“靴”へ。今までの4つのテーマを結び合わせ、コンテンポラリーに繋げていくものだと考えられると言う。

Järnefelt, Eero
Under the Yoke (Burning the Brushwood) ; Wage Slaves / Burn-Beating
1893
写真提供:フィンランド国立アテネウム美術館

スクリーンに映されたのはカバの木の表皮で作られた靴。エーロ・ヤールネフェルトの「Under the Yoke (Burning the Brushwood) ; Wage Slaves / Burn-Beating」に描かれた少女が同じような靴を履いていることを示した後、マリタ・フーリナイネンの木の靴、楽しむことをコンセプトにしたミンナ・パリッカの耳のある靴、大胆なデザイン、一見彫刻作品のようだが実用的でもあるユーリア・ルンドステンの靴と、現代的な靴を次々と紹介し、自然がインスピレーションを与え、自然への感謝、静けさ、純粋なフォルムを追求する勇気、民族としての伝統が豊富なインスピレーションを与える源泉となっていると解説。「様々な要素を組み合わせること。アイデアで遊び、楽しむこと。芸術、デザイン、文化を謳歌すること。そうして我々は独自のスタイルにたどりつくことができる」とまとめた。

LIFE, HOME, WORK ─ ペッテルソン博士と迫村氏による対談 ─

続いて、迫村氏も登壇。フィンランドというと…、「ムーミン」「森と湖」「オーロラ」「マリメッコ」「サンタクロース」と会場から声が上がる中、「湯けむりを見ると」と続ける迫村氏は「サウナ!」の答えを受け「そうですね、日本では温泉。仕事柄、外国からいらしたお客さまをいろんなところにお連れしますが、湯けむりを見て服を脱ぎ出すのはフィンランドの方だけです」と、会場の笑いを誘い、フィンランドは教育、福祉、女性の社会進出など様々な面で日本の現状と比べると、天国のように思える国。日本との間にあるのはロシアだけ。ある意味、隣同士とも言え、地理的にはどちらも“辺境の地”というようなことからも、何か共通点があるのではないか。対談ではフィンランドの普通の生活を知るために博士のご自身のこと、家族のこと、仕事の環境のことなどについてお聞きしていきたいと話を進めた。

プライベートについて話すのは初めてだという博士は、祖父母が著名な建築家アウリス・ブルムステッドに依頼し1961年に建てたという自宅をスクリーンで紹介。釣りをする長女、ベリーを摘む次女、湖の風景、船で50分程度の島での写真、春を祝う食卓、ハロウィーン、クリスマス、冬景色など、四季を通じての暮らしぶりや仕事の様子を写真で紹介し、フィンランド語の特徴についても少し触れた。

開かれた家族の一例として博士の家族のクリスマスの話、美術館館長、大学教授、複数の財団の理事、ティーンエイジャーの2児の母として大活躍されている博士の一日のタイムスケジュールを尋ねた後、働く人にとって嬉しい子供の保育園の充実、フィンランドの子育て支援・ネウボラシステムについての話も披露された。

最後に、迫村氏が本フォーラムのフライヤーと会場のバナーの制作に携わったフィンランドのグラフィックデザイナー、カリ・ピッポ氏を紹介。その後質疑応答へと移り約2時間のフォーラムを終えた。