モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第23回 - 「文字とデザイン Vol.8」

2018年6月15日、株式会社モリサワは、第23回モリサワ文字文化フォーラム「文字とデザイン Vol.8」を開催いたしました。

モリサワ本社4F大ホールに定員を超える約 250名のご参加をいただき、第1部前半は植原 亮輔氏に「文字とデザインについて」、後半は渡邉 良重氏に「絵とデザインについて」、第2部は「KIGIの活動について」、お話しいただきました。
グラフィックデザイン、プロダクトデザインのほか、プライベートワークとして作品を制作し発表するなど、ジャンルの枠にとらわれない新しいクリエイティブのあり方を表現し続けているお二人。創作の原点ともいえる幼い頃のお話から現在の仕事、それにまつわる考え方など3時間を超える大変貴重なフォーラムとなりました。

講演者
KIGI キギ
植原 亮輔氏(アートディレクター / クリエイティブディレクター)
渡邉 良重氏(アートディレクター / デザイナー)

第1部

「文字とデザインについて」植原 亮輔氏

植原 亮輔氏

レタリングの面白さ 手で描く充実感

文字と出会ったのは小学4年生くらいの頃。父の仕事先で桑山 弥三郎氏の『レタリングデザイン』を見て、「レタリングの文字のルールみたいなことに魅かれ」急に文字が好きに。このときに基本的な明朝体のルールをマスターし、小学校高学年には見なくても描けるようになっていた。中学生の頃は壁新聞のコンクールでデザインを担当、タイトルや見出しを下書きなしで描き、文字について目覚めていった。
その頃、雑誌『FM STATION』には鈴木 英人氏のイラストがデザインされたカセットレーベルが付録についていて、「収録アーティストをイメージし、タイトルを描いて使っていた」という。手描きの次はインスタントレタリングを使用し「揃えることでデザインは完成し見栄えが良くなる」と学んだ。色や文字に触れ、デザイナーになるという選択肢もできたそうだ。

 

『文字』と『デザイン』について

植原氏が2000年から始めたD-BROSのカレンダーは毎年趣向を凝らした斬新なデザインで注目を集めている。
「最近パソコン上のデザインが多く世の中のデザインアプローチが似ている」と感じ、2018年のカレンダー『POP's』では手書きのPOPのイメージでカレンダーを作ることに挑戦。「POPはプロに頼まず、自分で習得するのがいいと思い何枚も自分で書く」ことから始めた。2006年に発売した『Paper Jam』というカレンダーは、まずカレンダーを一回デザインしそれを解体、さらにくっつける、いったんコラージュしてからデーターで処理し表裏を合わせて印刷。「手作りのコラージュかよく聞かれます。印刷と加工技術によって重なっているように見えますが、印刷物です」。5年間続いた『ROLL12』というシリーズは、カレンダーをめくる行為の途中で起る、湾曲した紙の形を留めた姿をカレンダーのカタチとしてデザインしたもの。9月に発売する来年度のカレンダーは大きな横位置のカレンダー、これも文字の整列がアバウトになっている。完成させ過ぎない完成形がここにある。

次に現在の仕事、ロゴのデザインについて話が移った。
まずは『TODA』という栃木県那須にある文化施設について。『TODA』の安心感を感じるロゴは、粘土細工を思わせる施設の建物からインスピレーションを受けた。質感のある、ほどよい温度を感じるロゴや書体は自然と那須の森に溶け込んでいる。

D-BROSは二人が在籍していたDRAFTによる自社プロダクトブランド。その商品ロゴは同じ形を3つ並べ『D』『B』を表現。2017年にオープンした、日本の伝統文化をテーマに展開するD-BROS GINZA SIX店では、家紋のようなグラフィックを作成、単純に丸と四角を折り曲げて『D』『B』を表現した。「この仕事に関わって改めて日本の美意識の高さを感じ誇らしくなった」という。

2015年にオープンした『OUR FAVOURITE SHOP』は3社が協力して作った店。ブルーストラクトを青、KIGIを緑、丸滋製陶を金茶という各社をイメージした色をOUR FAVOURITE SHOPの3つの”O”に当てはめ、「思いを一つにするという意味でその”O”を串刺しにしたロゴ」にした。さまざまなロゴに植原氏の感性が光る。

「絵とデザインについて」渡邉 良重氏

渡邉 良重氏

草花に囲まれた幼い頃

渡邉氏は自分の絵に生い立ちが関係しているのか、よく聞かれるそうだ。
実家は山の中にあり、自然しかないところで、野の花は咲き乱れ、山桜や山つつじなどを見ながら学校に通っていた。「小学生の頃は図画工作が大好き」で、小学6年生のときに見た少女漫画の主人公がデザイナーで、「図画工作でやっているようなことを職業にしている人」を知り胸が踊った。それから地元の山口大学教育学部に進んだ。


結びつく『絵』と『デザイン』

DRAFT入社のきっかけは、雑誌で見た宮田識デザイン事務所に出した手紙。面接にはポップアップカードと魚の形をしたチョコレートのパッケージを持参し「運よく入社することに」。平日はDRAFTで広告の仕事、休日は個展の活動や、雑誌『太陽』『Esquire』のイラストや装丁の仕事をしていたそうだ。
それから数年後、LACOSTEの連載広告にイラストを掲載することになり、広告とイラスト、平行だった二つの仕事がここで初めて交わる。1995年にはD-BROSが発足、最初のカードとカレンダーの仕事にデザイナーとして携わった。「そこでデザインの仕事とイラストの仕事が一つに結びつき」現在に至る。


イラストレーションを昇華させて物語を感じるデザインへ

洋菓子店『AUDREY』の苺と女性のパッケージデザイン。
「最初、なかなかOKがでず苦労」したという。ようやく後ろ姿の女の子の絵に決まり、いま多くの女性を魅了しているパッケージに広がっていった。「ここの社長さんはデザインが好きで、商品が売れる落とし所をよくわかっていて、一緒にやって行けると思わせてくれる魅力的な方」。上品で可愛くなりすぎない視点、イラストレーションに傾きすぎずデザイン的にまとめ上げた仕事が多くの人を虜にしている。

祖父の名前が由来のファッションブランド『CACUMA』はmina perhonenの皆川 明氏に、いまの仕事以外で何の仕事がしたいかと尋ねられ「いままで洋服に感じていた疑問、たとえば夏なのに洗えない服は着たくないなど、些細なことをひとつひとつ解消して、そこに自身のグラフィックをのせた洋服をやってみたい」と話したところ、糸井 重里氏が主催する『ほぼ日』から「洋服を作りませんか」と依頼が。「基本は自分で着たい服。でも着てみると反省もでるので、次のシーズンにはそれを改善して作っている」という。

第2部

文字にこだわらない『KIGIの活動』

KIGIのデザインは個から面、空間へと広がり、人を巻き込む現象になっていく。
独楽にもなる杯『酔独楽』のデザインは、天狗の面をおちょこにした土佐地方の『べく杯』の現代版という解釈だ。酒を飲み干した後、杯を両手でクルッと廻して楽しんでもらう。『酔独楽』でドリンクを提供するスタンディングバー『酒BAR 酔独楽』を企画したり、今年は新潟県の越後妻有『大地の芸術祭』で作品として展示するという。
トータルでブランディングする、ということがなかった当時、DRAFTでグラフィックデザインだけでなく店のすべてをプロデュースするプロジェクトがスタート。二人で手掛けることになる。
1999年7月にオープンした仙台のベーカリーカフェ『Caslon』のプロジェクトは1998年の秋からスタート。店名は、DRAFT代表の宮田氏がCaslon書体を好きだったことからきているそう。その頃パソコンのCaslon書体に良いものがなく、本からトレースしてFontographerというソフトでフォントにしたりと苦労も多かったが「(渡邉)良重さんはまだ入社2年の僕にも対等に接してくれて嬉しかった。作るときは一緒に考えていく、それがカタチになっていく喜びがあった」この仕事がその後『KIGI』として活動するきっかけになったという。

考えるだけで終わらせない、販売できる力

立命館大学の佐藤 典司先生が滋賀県の伝統工芸の職人たちと『Mother Lake Products Project』を立ち上げ、その活動の中で『KIKOF』というブランドが生まれた。
”琵琶湖は大きな器である”という考え方をもとに、まずみんなが手に取りやすい器から作りはじめた。自分たちの得意な考え方を活かそうと、紙が立ち上がっていくような陶器を考えた。分厚い陶器を得意とする信楽焼の産地で薄く軽い陶器が作れるのか、このKIKOFでデザインされた角形というのは信楽焼でいままでにない形だった。職人は「本当にやったことがない新しい技術だけれど、これが上手くいけば、これから20年30年経ったとき、この技術が当たり前になっているかもしれない。信楽の未来のためにもやってみたかったし、いままでにないことを言われるのを期待していた」と言ってくれた。柔軟な職人の考える力とやる気があってこそ、この形は完成したと語る。
器に刻印されている数字は琵琶湖の表面積を示しており、色はMorning blue、Noon white、Sunset pink、Moon night、すべて湖面の色に例えている。
KIKOFの器の作り方で特徴的なのは釉薬の付け方。通常はバケツに入れた釉薬に陶器を手で持って潜らせ乾燥させるが、このKIKOFの陶器は薄いので釉薬をすぐ吸収してしまって、余分な釉薬がずるっと落ちてしまう。そこで回転テーブルに乗せ、釉薬をスプレーのように吹き付ける方法をとっている。大きな信楽焼には以前からこの方法をとっており、「信楽焼だからこそ考えついたアイデア」だという。

陶器の展覧会を開催したあとの2014年11月に、ダイニングテーブルと椅子のセットが完成。これも陶器のデザイン同様、紙を切ったり折ったりしてデザインを考え、杉の木を使い、上面はうづくりという手法で琵琶湖の波を思わせる木目を剝出しに使っている。そのほかに麻では八角形のランチョンマットやサシェなどをデザイン。職人の数も限られているので、「ゆっくり成長している感じ」でKIKOFの活動は続いている。
展示会をしたあとショールームも兼ねて『OUR FAVOURITE SHOP』という店をオープン。
プロダクトを作ったら、その次は売らなければいけない。「僕達はグラフィックデザイナーなので宣伝物も作れます。プロダクトもグラフィックも出来ることは僕たちの強み」だという。ここでは展覧会やワークショップなどのイベントを毎月のようにやっていて「僕達にはとても重要なこと」だという。

『仕事』と『作品』

昨年、宇都宮美術館でWORK(クライアントワーク)とFREE(オリジナルプロダクトとプライベートワーク)を見せる『WORK & FREE』という個展を開催したお二人。
会場を入ってすぐに、『風贈り kase okuri』がある。長い廊下に短冊のついていない風鈴が置いてあり、KIGIから会期中毎日短冊を郵送、それを付けて風鈴を完成させ飾っていく「160km離れた東京のKIGIから思いを届けるという作品」だ。以前D-BROSで江戸風鈴のプロダクトを作り、その考え方を発展させ、空間や時間軸、ストーリーなどを追加したのだという。
『時間の標本 #001』という作品は、古い本を開くと水彩絵具で忠実に描いた蝶が立ち上がる。『時間の標本 #002』ではラムネの瓶に鉱石を閉じ込めた。
『交換 EXCHANGE』ではバラバラの手拍手が、だんだん一つになり、またバラバラになる。「ライブに行ったときのアンコールの手拍手が面白い」と、秩序と無秩序が入れ替わる瞬間を切り取った作品だ。

木から森になる、まずは2本のKIGIから

木の複数形『KIGI』という名前は、ブランディングの視点から考え出したという。
ブランドを作るということは「一本の木を植えること」。ブランディングするクリエイターの存在は木を育てる職人、と例えて解説した。「さまざまなプロジェクトや作品を作り、それを増やして森にしていきたいと思っています。森は無限に広がります。まず2本から始めようということで名前を『KIGI』にしました」という話で講演は終了した。