モリサワ文字文化フォーラム

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2018年8月30日(木)、モリサワは、第24回モリサワ文字文化フォーラム 「絵を描く(えをえがく)」をモリサワ本社4F大ホールにて開催し、会場には定員の約150名を超える方々が来場されました。

講演者に、個性的な目を持つキャラクターをはじめ、あらゆるプロジェクトで独自の創作スタイルを貫くイラストレーターの上田バロン氏、グラフィックアーティストとしてハリウッドをベースに活躍するカズ・オオモリ氏、タイプデザイナーでグラフィックアーティストのサイラス・ハイスミス氏を招きました。

本フォーラムは、三者三様の創作や表現活動、自身の作品における絵と文字の関係性、世界中で高い評価を受けているクリエイティブワークについて語っていただく、約3時間の貴重なフォーラムとなりました。

フォーラムレポート

第24回モリサワ文字文化フォーラム「絵を描く(えをえがく)」

講演者

上田 バロン(イラストレーター)

カズ・オオモリ(グラフィックアーティスト)

サイラス・ハイスミス(タイプデザイナー、教師、著者、グラフィックアーティスト)

第一部 『character versus character』サイラス・ハイスミス氏

サイラス・ハイスミス氏

冒頭「タイプデザイナーであり、本も執筆し教鞭もとっているが私はグラフィックアーティストだ」とハイスミス氏は語り始めた。ハイスミス氏の作品は、簡潔な構図、あたたかみのあるイラスト、絵と一体感のある絶妙なフォント、スタイリッシュな配色が鮮明な切り口で表現され、それを観た側は質の良いデザイン性の高さと内在している優しさを感じるものであった。ハイスミス氏は「絵を描くことが好きで、私が一番大切にしていること」と話し、「今回のテーマになっているcharacter(キャラクター)という言葉には〈私が書く字〉と〈漫画や本、映画に出てくる登場人物〉二つの意味がある」と説明した。

ハイスミス氏は〈絵を描く〉という定義と哲学を「絵は、物語を語るという〈目的〉を持って描かなくてはならない。〈目的〉を持って描くと作品の展開や世界を〈暗示〉できる。物語を語り、さまざまな展開や世界が加わると、観る側と〈対話〉が生まれる」と語り、「これはひらがなを勉強するという〈対話〉」だと、「あかい あり」「いじわるな いぬ」とひらがなの語順で進んでいく日本語で書かれた絵本『あり いぬ うさぎ』を紹介した。

『あり いぬ うさぎ』は、翻訳家の迫村 裕子氏が動物とその動物の頭文字に当てはまる形容詞を担当、ハイスミス氏がイラストを担当した。ハイスミス氏は「私が日本語がわからない点と、私の描く絵がとても子供っぽいことが相乗効果を生み、この絵本の魅力が増すのではないか」とプロジェクトが始まったきっかけを話し、続けて「かなしい からす」の項目では、「このカラスはなぜ悲しいのか、そこから私の中で物語が生まれイマジネーションが膨らんだ。すると絵がどんどん面白くなり、それが読者にも伝わっていった」と語りました。プロジェクト発足当初、ハイスミス氏は他の日本語のわかるデザイナーにレタリングを依頼しようと考えたが、不慣れなひらがなと読者層である幼児との書字レベルが同じくらいと感じ、自らひらがなのレタリングに挑戦した。「〈レタリングと絵〉それが近い関係にあり、同じ手でつくりたいという想いが実現した」とハイスミス氏は語った。

CH作品01

続いて、Occupant Fontsで制作した『HOW TO SPEAK ROOSTER』(どうやってニワトリ語を話すか)という冊子に話は移った。『HOW TO SPEAK ROOSTER』には、世界中でニワトリの鳴き声は同じなのに、国ごとでさまざまに表現されている面白さをテーマに、言語にあった書体とその書体からインスピレーションを受けた雄鶏のイラストが見開きで描かれていた。英語「COCK-A-DOODLE-DOO」から始まりスペイン語フランス語トルコ語「KUK-KURRI-KUUU」と続いていく。トルコ語に見られるUの上に丸が二つ付いた言語の一部をイラストの一部として使い、雄鶏がサングラスを付けJAZZを奏でているイメージで描いたという。この冊子の最後のページには凡例が付いている。サイラス氏は、インデックスのようなものでそれぞれの言葉がどこから来てどういう書体になっているのか、なにをイラストとして使ったのかを解説した。この冊子はOccupant Fontsのカタログにもなっており、「会議で配っても捨てられるものではなく、大切に家に持って帰りたくなるような資料をつくろうと生まれたものだ」と語った。

サイラス・ハイスミス氏

次に、プライベートな「絵を描くこと」に話は移った。「スケッチブックを10年間どこに行くにも持ち歩き毎日描いている。スケッチブックには南米で仕事をしたときにはスペイン語が、2017年から日本との仕事が始まると日本語が出てくるようになる。ある意味、自分との〈対話〉だ。ここにも物語があり、絵を描くときには目的意識がある。ストーリーを語るマークになる。目の前にあるものを、手元を見ずに輪郭やシルエットだけ描くことを始めた。このような輪郭を描く練習のおかげで、自身の絵がページのうえで単なるマークではなく〈物体の境界線となっている線を描くこと〉となり、すなわち〈スペースの形を描く〉という自身の哲学につながっていった」と語った。

「文字を書くということは、絵を描くということの定義と哲学を実践に移すということにある。良いタイプフェイスは手書きのようなもの。内部の論理と確信がなくてはならない。それがあって初めてお互いがピタリと合う。しかし、手書きと違いタイプフェイスはコンピュータの輪郭である。私の描くという基本原則は、スケッチブックでの輪郭を描くというところからきている。ベジェ曲線で鍛錬されて強くなっている。マークや筆の運びが重要ではなく、白と黒で空間を捉えることができるということ。〈形〉と〈空間の形〉の関係性に目を向けること。言い換えると、輪郭を描くというのは純粋な絵を描くという行為そのもの。ベジェ曲線だからこそタイプデザイナーは面白い文字をつくることができる」と語った。

CH作品02

そして、ハイスミス氏は『CHARACTER』という英語の語源を遡りながら、どのような意味で使われていたのかを説明した。「ラテン語では『家畜に焼印をする』ということ。金属を曲げて熱して、牛や馬などに刻印をするために使ったもの」と言い、「ラテン語はギリシャ語からきていて、ギリシャ語では尖った棒という意味、尖った棒は武器ではなく彫刻など彫るためのツールの意味がある。さらに古代ギリシャに遡ると『彫る、書くや描く』という意味になり、『形を刻印することは物語を語る』ことを意味している」と語った。

最後にスクリーンに映るラテン語のXが日本語の文字の一部になり、ハイスミス氏は「私の話に何か共通点を見出し、絵や線を描く、マークを刻印することで物語を語っていくということが伝わればと思います」と締めくくった。

第二部 『Hollywood works』カズ・オオモリ氏

カズ・オオモリ氏

ウォルト・ディズニー・スタジオでグラフィックアーティストとして活躍している、カズ・オオモリ氏。独自の切り口でビジュアル化されたアートワークは、ポスターやチケットなど幅広く展開され、映画本編に新たな価値とさらなるエネルギーを与えている。

ディズニーから依頼された映画のビジュアルを描いていく際、「ほんの少しのインフォメーションから多くの部分を想像で進めなければならない」と言う。最初に制作するのは1枚のページにラフスケッチとファイナルワークを入れたカズ氏のオリジナルのスタイルシート。「それを見せることで、クライアントは最終のビジュアルが想像しやすい。仕事の取り掛かりはクライアントに、さまざまなアイデアをラフスケッチで提案しなければならず、普段からネタ帳を持ち歩き連想ゲーム的に小さな落書きのようなサムネイルをたくさん描いている。一つのプロジェクトに30~50考え、その中からピックアップして必要なものを組み合わせて描く。インスピレーションはどこから湧いてくるかわからないので、常に種を蒔いておくことが必要」だと語った。

紹介してくれたのはディズニー/ルーカスフィルム『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』。そのポスターのアートワーク担当の話が始まる。「さまざまなことを想像で進めていった。各キャラクターのシズルを感じる〈らしいポーズ〉を探るためスケッチを繰返し描いていった」と言う。3枚で1セットの依頼だったため、左から「ダークサイド」「MIX」「ライトサイド」というテーマ付けをして鉛筆でラフスケッチを描いた。ルーク・スカイウォーカーは「MIX」では中央でポーズをとり、「ライトサイド」の背景にも大きく配置した。ルークはもちろん「ライトサイド」と想定しての配置だった。しかし、ルーカスフィルムにスケッチを見せたところ、「ルークをライトサイドから外して欲しい」という要請が入る。カズ氏は「ルークは闇に飲み込まれていくのかワクワクしながら作業を続けていった」と話す。

ルーカスフィルムからOKが出ると、カラーのラフスケッチに入る。次にIllustratorでトレースをして、ひとりずつキャラクターを描いていく。最後にPhotoshopで、すべてのキャラクターを合わせ、加工を施し完成させる。完成されたポスターではダークサイドにいるカイロ・レンも、それほどダークに描かれていない。カズ氏は「次回作へつながる謎の部分や予測できない面白さも、このビジュアルに入っている」と言い、「ディズニーは、デザインに関して口を挟むことは少なく、方向性さえ決まればこちらから提案することが多い。良いアイデアを称賛し即座に取り入れる柔軟な姿勢を持っている」と語った。

続けて「映画のポスターはコンピュータを一切使わず、カンプリヘンシブと呼ばれる精巧なスケッチ画を描くことから始まる」と言う。「まず、スケッチ画を描き、それをトレーシングペーパーに写す。鉛筆カーボンを使い、それらを重ねて描くとカーボンの線が薄く残る。これをベースにしながら手描きで仕上げていく。このスケッチをハリウッドのスタジオに送る。ディレクターやプロデューサーなどの名前が入る空間を考え、バランスをとりながら絵を描く」、その兼ね合いが非常に重要だと話す。そのポスターに合う仮の書体でタイトルを入れて欲しいと言われることもあり、そのときにはオリジナルのレタリングを入れると語った。

コミックやポップカルチャーの大イベント「New York Comic Con」で、ディズニーが『BIG HERO 6』(日本上映時のタイトルは『ベイマックス』)を初披露する際、そこで記者へのギフトとして配られた『BIG HERO 6』のポスターのアートワークも彼の作品だ。配布されたポスターは、ディズニーのオフィシャルサイトにも登場。『BIG HERO 6』は日本のアニメに影響を受けた作品なので、最初にアニメの原画イメージでまとめてみたが、ディズニーから顔はなるべく出さないで欲しいと修正が入る。そこで『6』のイメージでレイアウトを考えた。背景からググッと左に回って右側に飛んでいくダイナミックな構図が生まれた。サブリミナル的な効果を感じてくれたらと、ディズニーには、この『6』のアイデアは伝えていない。その後、顔をはっきり出したデザインも加わった。「New York Comic Conでも多くのSNSで取り上げられ、日本の公開に際しても名前がでる異例の対応を受けた」と語った。

最後に、関西ペイント株式会社の100周年記念のアートワークを紹介。カズ氏のイラストでヒーロー化したマンチェスター・ユナイテッドの選手がアニメーションで登場するムービーを観せた。今までポスターなどイラストとしてしか見ることのできなかったカズ氏の絵がスピード感ある動きでヒーローさながらのシュートを放つ。これからの仕事の広がりを感じさせながら、講演を締めくくった。

第三部 『なぜ?ボクがいばらの道を進むのか。セルフブランドと絵のはなし。』上田バロン氏

デジタルアートを中心に、さまざまな可能性を探りながら縦横無尽に仕事の領域を拡大し続けている上田バロン氏。イラストレーターとして、自身の信念に基づき誰が見ても彼の絵だとわかる独特のスタイルを築き上げた。

モード感漂う大きなサングラスにスタイリッシュな出で立ち、隙のない雰囲気が漂うバロン氏だが、語る言葉は真摯であたたかく気負いがない。バロン氏は「スタイルを持つことは価格競争に巻き込まれず、納期に対しても苦しめられることが少ない。交渉でも優位に立つことが多い」と言う。クライアントに依頼された仕事にはゴールを探る作業が必ずある。しかし、バロン氏のスタイルは「絵柄はそのままでいいので、その先に何を表現してもらえるのか、ということから打ち合わせが出来る。プロセスが大きく簡略化される利点がある」と話す。

バロン氏の経歴はグラフィックデザイナーとして始まる。1996年からデザイン会社に勤め2000年に独立を果たす。その頃はまだグラフィックデザイナー兼イラストレーターだった。最初はスタイルを持たず、クライアントに複数案提示するような受注型のデザイナーだった。バロン氏は「ボツ案も多く、自分が一つひとつ愛情を持って描いた作品にもったいなさやジレンマを感じていた」と話す。

自身のスタイルを築き上げ、すべての人を対象にするのではなく、仕事の数は減ってしまうだろうが絵を気に入ってくれる人たちに向けて仕事をしようと、次の『BARON UEDA 5 Style』を掲げ、絵のスタイルにブランド性を持たせていった。

1.強烈な個性の目

2.積極的な風合い

3.力強い線

4.印象に残る色

5.パースを入れた構図

独立して間もなく、「デジタルタイポグラフィの潮流に感化され自身の仕事に使用するためにフォントをつくった」と言う。『F-Wire』、針金のようなという意味のフォント名で7ウエイトあり、その書体だけでもバロン氏のスタイルを彷彿とさせた。グラフィックの仕事から徐々にイラストレーションの仕事に舵を切っていき、2005年にその年のすべての依頼がイラストレーションの仕事だけで成立することになった。それを機に名刺からグラフィックデザイナーの肩書を取りイラストレーターだけを掲げることとなる。

バロン氏は「他人の評価や流行に合わせるのではなく、自分が真に信じることができ、その作品の中に自分が描いて楽しいと思える部分を見いだすこと。ニーズとは逆行しているように思えるが、それが最大の強みになる」という信念に基づき、それを自分自身で証明している最中だと話した。「この『BARON UEDA 5 Style』スタイルをまだ18年しかやっていないので正解かどうかはわからない。しかしこの先何十年と続けられたとき、自分の信念が正しかったと証明出来る」とバロン氏は語った。

続いて、会場スクリーンにバロン氏のIllustratorの作業画面が映し出され、作画プロセスを実演。Illustratorを使用する理由として「データの軽さや解像度の高さ、ピクセルから解放されているため極小さなものから、サイズの限界を嘆くことなく巨大なものまで絵を描くことができる」という点をあげ「シンプルな線と色、単純なエレメントで特殊なソフトや複雑な表現で個性を出すよりも、Illustratorのようなマチエールやタッチのない、フラットで個性をつくり出すことができれば、究極的にその表現のほうが強いと思っている」と話す。話しながら数分で、自身がデザインしたキャラクター『AI BEAR』のキュートな姿が描き上がった。

自分のスタイルを崩さず、やりたいと思う仕事を選んでやってきている点でいうとアーティストに近いが、飾って鑑賞する絵ではなく「広告やメディアを通して企業がメッセージとして伝えたいことを表現していきたい。自身のデジタルアートは、空白を埋めるためだけのイラストレーションではなく、多くの人に何かを伝えられる、さまざまな分野の領域を超えたソリューションを担える力が備わっている。そして、その役目を果たしていきたい。活動領域はこれからますます広がりを持つと確信している」と話す。

セルフブランドに対して最初は悩むことがあった。そんなときは[ルイ・ヴィトン]や[カルティエ]、[イームズ]など、時代を超えてデザインや価値を生み出し続けているブランドに目を向けた。支持しているユーザが存在しているから淘汰されず現在も生き残っているという思いに至り「自身の絵もそうでありたい」と語る。「クライアントの意向や流行に合わせて絵柄をコロコロ変えるのは信頼につながると思えず、自身の絵を期待している他のクライアントやまだ世に出ていない次世代の人々のためにも、スタイルは変えるべきではない。自分の表現しているものや信じているものを大事にし、ひたすら磨き続けていきたい」と語り、「自分が精一杯考えて動いていく、それしかなく、努力の積み重ねのみならず、そこに思いがないと実現していかない」ブランド化をローマに例え、『ローマは1日にしてならず』この言葉を大切にしている」と続けた。

最後に、今回の講演テーマである「絵を描くとは?」に話が及んだ。「作品もそれに付随するすべてに人一倍時間を掛け、思いを込めて築き上げてきた。これからもその思いとともにどこまで寄り添って作品を描いていけるのか、を考えている。人生が終わるときまでやり続けていきたい」と語る。なぜ個性の強い一目で彼の作品だとわかる表現を追求しているか、それは「自分が前に出るのではなく、生み出した作品が、だれかを楽しませたり助けたり世の中の役に立ってくれたり、時には自分を救うことにもなっている。それらを生み出してきたものは、究極的に自分が描いたんだという痕跡を誰しも残したいと考えるものだと。それが絵を通しての〈自己存在証明〉だと考えている。それが絵を描くことの答えだ」と締めくくった。

3時間を越えた第24回モリサワ文字文化フォーラムは、それぞれの講演者が三者三様の創作や表現活動、クリエイティブワークについて講演し大盛況のうちに閉演した。