モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第26回モリサワ文字文化フォーラム「WE LOVE TYPE 3」

2019年5月17日、株式会社モリサワは、第26回モリサワ文字文化フォーラム 「WE LOVE TYPE 3」を開催いたしました。
モリサワ本社4F大ホールに約200名のご参加をいただき、同時通訳で行った本フォーラムは、モリサワが主催する「タイプデザインコンペティション 2019(Morisawa Type Design Competition 2019)」の開催を記念し、欧文部門の審査員を務める3名が登壇。世界で活躍するタイプデザイナー、タイポグラファーの視点から、欧文書体をデザインするうえでのポイントや書体制作の舞台裏、書体選択の考え方などについて、お話をいただきました。

講演者

イリヤ・ルーデラマン(タイプデザイナー)
インドラ・クッファーシュミット(タイポグラファー)
ラウラ・ミセゲル(タイプデザイナー)

「今日の書体、明日の書体」 イリヤ・ルーデラマン氏

ルーデラマン氏は初めに、縦軸が24時間、横軸が40年の“Ilya’s life”というオリジナルのダイアグラムから自身の半生を振り返り、人生を「睡眠」「食事」「勉強の軌跡」「仕事」というレイヤーに分類し、日常生活や身の回りの話題に触れながら、自身の仕事について紹介した。「この仕事は学習に終わりがないところが気に入っている」と語る氏は、タイプデザイナーとしてだけでなく、グラフィックデザイナー、エディトリアルデザイナー 、アートディレクターとしても大きな成功を収めてきた。タイプデザインの仕事は当初アートディレクションの仕事と並行して行い、グラフィックデザインという括りではコントロールできない、よくわからないものとして取り組んできた。デジタルフォントの人気が高まってきた90年代の終わり頃、ローマ字のマーケットが拡大し、西洋で毎月のように美しいフォントが生まれていることを羨ましく思い、それらがキリル文字をなかなかサポートできていないことを非常に残念に思っていたという。そして話題をタイプデザインへと移した。

2000年代初めからは、アレクサンダー・タルビーブ氏をはじめとするさまざまな人物を師と仰ぎ、タイプデザインについて学ぶきっかけや、ハーグのRoyal Academy of Artのタイプ&メディア課程へ進む機会を得てきた。そして卒業制作として初めて作ったタイプフェイスを披露。この頃、二つの異なる書記体系、キリル文字とローマ字について大変興味を持っていた。異なる書記体系でも共通点を比較し調整することで似たようなデザインができるという理論を証明するために、ある数学的なシステムを立ち上げた。垂直線、丸さなどさまざまな要素の比較を示し、まったく異なる書記体系についてもグラフィック的な形で比較が可能なのだと語る。
ハーグを離れモスクワに帰ってからは、旅行ガイドのアートディレクターとしての仕事に就き、この頃からカスタムフォントについていろいろなリクエストを受けるようになった。『メンズヘルスロシア』『ベストライフロシア』などの雑誌、モスクワのデザインアカデミーの内装などに採用されたタイプフェイスや使用例を紹介。また、2008年に初めてキリル文字のプロジェクトとして行った、ハウスインダストリーズが作ったNeutrafaceというフォントファミリーのキリル文字対応について解説。それまでは自分で新しいデザインを作りたいと思っており、この頃の自分を「野心的だった」と形容する。このプロジェクトによって、誰かのデザインを勉強し、それを自分のフォントシステムの中に取り込むことの素晴らしさに気づいたという。次に、Stagファミリーや、Guardianのキリル文字対応など、キリル文字のエキスパートとしての作品を次々と紹介。また、街中や企業に用いられる標識のためのタイプデザインにも携わってきており、キリル文字にまつわるコンサルティング業が彼の主な仕事の一つとなっている。
4年前には友人ユーリ・オストロメンスキー氏とCSTM Fontsというファウンダリを設立。ここで初めて、自ら手がけたタイプフェイスをマーケットに流通させることになる。20世紀初頭のロシアのタイポグラフィをベースに制作し、最初にリリースしたフォントKazimirは大きな成功を収め、ビールのラベルや製品パッケージ、Webコンテンツ、アプリなどでも使用され、多くのシーンで散見されるようになった。更にこれに続くものとして、Navigo、Emoji(絵文字)フォント、Xprmntlシリーズなど、実験的なフォントを次々と作成。そしてそれらは大きな企業のプロモーションなどに採用されていった。
また、ビジネス的な観点からも多くの取組みを行い、自分の書体をリリースするためにtype.todayというポータルサイトを展開。オリジナルフォントのマーケットとしてだけでなく、使用法についての解説、インタビューを掲載したジャーナルといったさまざまなコンテンツを掲載し、英語とロシア語で発表している。その他、自身のフォントをSNS上で公開し自由に使ってもらうなど、若いデザイナーや小規模なスタジオへのサポートにも積極的だ。さらに今年はtype.todayに続く新たなストアを立ち上げる予定とのことで、学生の作品や、想像力に溢れたフォントやデザインを発表する場にしたいと考えている。
タイプデザインシーンで何が起こっているかに関心をもち、常にさまざまな観点から捉えていくルーデラマン氏。「ソーシャルメディアやオンラインで、またお会いしましょう」と結んだ。

「世界にもっとフォントを!」 インドラ・クッファーシュミット氏

クッファーシュミット氏の第一声は“I love Type.” 最も良い書体を選ぶには、また、最も良いフォントを選ぶにはどのような方法があるのか、それが適しているか判断するにはどこを見たらいいのかを提案した。
何千個もあるフォントの中から最適な一つを選択するために、どこに目を向けるべきなのか。まず考え方としては「手元にあるもの」と「新しいものを探すこと」の二つがあるとし、それぞれのフォントについての理解を深める重要性を説いた。また、フォントを比較する際の文字列として、”Hamburgefonstiv”という、言葉自体には意味のない文字の羅列がよく使われてきた。しかし彼女は、時として他の文字からより良い情報を得られることもあるとし、「大文字のRはまっすぐな部分、斜めの部分、丸い部分がすべて含まれているので見ておきたい」と付け足した。更に、たとえばドイツ語でいえばアクサン、ウムラウトなどの特殊文字、ワードスペース、場合によっては他の言語に変換して見てみることも必要になる。ローマ字では綺麗に見えてもドイツ語だとそうは言えない場合があるからだ。世界各地で最も素晴らしいフォントと賞賛されるHealveticaも、チェコ語では奇妙に見え、現在はもはや採用されなくなってきたという。このように、ローカルな文字に反映されないデザインがあることを憂いたクッファーシュミット氏は、その時の文字に合わせてより細かなポイントを見ていくべきだと提案した。

書体の大きさと目的が一致していたアナログ時代と異なり、デジタル時代の現在は、見る側で簡単に縮尺を変えることができるため、選択の適切さというものが必要だ。教員でもある彼女は、学生たちとワークショップを行い、実際に紙に印刷して並び変えたりしながら、フォントの分類方法を説いている。分類上での着眼点としては、たとえばproportions(形状、幅)、apertures(見た目、開口部)、joints(直線と曲線がぶつかるところ)、contrast axis(太いところと細いところの接合部)などがあり、確かめる際に用いる文字としてR、G、a、g、n、b、i、e、sを挙げ、それぞれのどの部分に目を向けるのかを解説した。こうした特徴一つ一つが、各ジャンルでどのようなフィーリングをもたらすかに関わる大切な要素となり、どのような用途で使いたいのかを考える際の基準となる。単純にセリフ、サンセリフで分類したとしても、フォントが変わればそれぞれ全く印象が異なる。ストロークの線がバラバラな方向であればフレンドリーで柔らかい印象、同じ方向に定まっていれば権威的である、などと主観的な雰囲気を基準にする分類も取り上げた。
後半では、より視野を広げ、フォントそのものだけでなく別の観点からの選択基準を提示。60年代の有名なイタリアのデザイナー、マッシモ・ヴィネッリの「書体は6つ、Garamond、Bodoni、Times、Century、Futura、Helvetica、これだけあれば十分だ」という言葉を紹介し、「私のコンピュータシステムでは、Garamondの代わりにHoefler、AppleのコンピュータならHelveticaの代わりにSan Franciscoを使うかもしれない」と自身のチョイスを展開。また、「WebデザイナーがGotham、Avenir、Open Sansといった同じ書体を使っている理由は、手近に使える、安いということ、そしてどうすればより良い書体を見つけられるのか、どのように選べるのかを知らないからだ。悲しいことだが、理解もできる」と選択が一辺倒になりやすい制作環境に苦言を呈した。
フォントをWebサイト上で選ぶことができる現代において、ライセンスを確認して制作意図を正しく汲み取ること、購入前にサンプルテキストを打ってテストすることなども重要だと語った。Webサイト上に複数あるマーケットの選び方としては、質の高いものを数少なく提供している小規模なオンラインショップの方が選びやすいという。また、制作物はどういった紙面なのか、あるいはWebサイトなのか、どれ程の距離から読まれるのか、など細部にまでおよぶ判断基準を挙げ、あらゆる条件を踏まえて選択することが重要だと強調した。サンプルとして実際に印刷物を入手し、手にとって見ることも大切だという。
フォントに触れるすべての人にとって非常に実践的で役立つアドバイスを提示し、フォントを見る目に新たな気づきを与えてくれる講演となった。

「単語・アルファベット・言語について」 ラウラ・ミセゲル氏

バルセロナで生まれ育ったミセゲル氏は、街中の写真・レタリングのサンプルをインスタグラムで発表している。周囲のさまざまな要素からインスピレーションを受け、それを制作につなげていくミセゲル氏は、自身の制作スタイルやプロジェクトの内容から、あらゆるコンテンツを一つに結ぶ、領域横断的なものの捉え方を示してくれた。
前半のトピックは1992年に参画したType-Ø-Tonesというファウンダリで最初に手がけたフォントの紹介からスタートした。グラフィックデザインの道に進んだものの、タイプデザインに集中したいと、ハーグのRoyal Academy of Artにてタイプ&メディアの大学院課程に入学。そこで得たレタープレスプリンティング、カリグラフィー、プログラミング、カービングなどの知識によってRumbaというフォントができた。そしてタイプデザイナーとなり、Holiday Sansを制作。ベースとなるカリグラフィーの活動も続け、さまざまなスタイルへの理解を深めていった。ミセゲル氏のスタイルは、カリグラフィー、ドローイング、タイプデザイン、レタリングなど複数の手法を交えて行い、それぞれが折り重なり、互いに影響をおよぼす。自身の手で描いたものをデジタル化することで作られる彼女のレタリングワークは、主にブランドやプロダクト向けに使われており、タイプレタリングとデザインを組み合わせるのがとても好きだという。

これまで、ビールのために開発したDAUROや、化粧品、キャンペーン広告の見出しなどに携わり、時には「バルセロナをイメージして欲しい」というようなリクエストも受ける。ワイン園に向けて作られたBushlandなども例に挙げ、どうすれば強いアイデンティティを示すことができるのか考えた制作過程を紹介。カリグラフィーと幾何学的な構成を混ぜ合わせることによってイメージを強く訴えていったと、バッググラウンドを活かした独自のスタイルを語った。Multiというフォントは新聞で使われたが、機能性のみならず表現性を持たせ、工芸的で温かみのあるものにしたと語り、イラストと合わせて用いられた実際の紙面を紹介した。
後半には、フォントのファミリーを制作するプロジェクト、Qandusを紹介。このプロジェクトでは、ローマ字、アラビア文字、ティフィナグ文字という構成や形状が異なる3つの文字に関連性を持たせていくために、さまざまな事例を読み解きながら研究を続けており、ミセゲル氏はローマ字の担当だ。この3言語はそれぞれ北西アフリカ地域、チュニジア、モロッコなどで使われているが、調和なくバラバラなこれらのデザインコンセプトの統一を目的としている。このプロジェクトにおいて、タイプデザインは社会の一部であるということ、機能性だけでなく、人々の暮らしをよりよくすることにひと役買うのだということを伝えたかったと語る。Typographic Matchmakingとも呼ばれるこのプロジェクトは現在も続いており、力強いsolid、流動的なfluid、そして中間のoriginalというファミリーに分類され、各特徴を掘り下げる試みを続けている。
彼女は自身のこの取組みが「歴史を振り返ることで、新たなものを見いだせるという良い一例になった」と確信している。

「Q&A」

講演を終え、登壇者全員をステージに迎えての質疑応答へ。そこでは聴講者たちからの実直な質問に対し、三者それぞれ独自の持論を展開した。
「“現在のフォント”とはどういうものか」という質問に対し「自分の表現であるということ。コミッションされたプロジェクトの中で自分なりに自分のアイデアを、フォントを通じて表現していくようになる」とミセゲル氏。ルーデラマン氏は「一つのムーブメントになっている」と語り、「さまざまな意味でグローバルになってきたことで、我々がさまざまなところから繋がって仕事ができるようになっている」と述べた。
「手書きでなくタイプすることの方が増え、“読めるけど書けない”という漢字が多い。」という意見からは、関連してカリグラフィーの衰退問題についての話題へ。「若者の前で筆記体を披露すると驚かれる」とするクッファーシュミット氏の実体験や、「コンピュータが普及しても本が消えないように、カリグラフィーや書道も簡単には消え去らないと思う」とはルーデラマン氏。
最後に挙がったのは「日本のデザイナー、グラフィックデザイナーに期待することは?」という質問。ルーデラマン氏は「日本のグラフィックデザインは私の仕事にも大きな意味を持っている。とても独自性があり、素敵な形を生み出していく人たちだと思う」と言い、クッファーシュミット氏は、「どの国においても同じようなデザインが増え、どれも同じようなものに見えてくることもある中で、何かしらローカルなスタイルが日本には残っている。海外に統合されていくことはなく、残っていくものがある」と続ける。ミセゲル氏は「日本は既に海外に対していろいろなインスピレーションを与えてくれている。すでに影響を残しているものがたくさんある」と述べ、さらにルーデラマン氏は「日本人のたくさんの文化や慣習がすべてデザインであり、日本は素晴らしいデザインに溢れている」と結ぶ。このように、各氏が日本に対する深い理解を示した。

三者三様のフォントの捉え方、デザインに対する姿勢をじっくり伺い、3時間におよぶフォーラムは大盛況のうちに終了した。

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