モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第27回モリサワ文字文化フォーラム [個と群と律]組市松紋の仕組み

2019年6月27日、株式会社モリサワは、東京2020公認プログラムとして第27回モリサワ文字文化フォーラム 「[個と群と律]組市松紋の仕組み」を開催した。
本フォーラムの講演者は東京2020エンブレム制作者である美術家・野老朝雄氏。会場には200名を超える聴講者が集まり、満席の中、エンブレムにデザインされている「組市松紋」を紐解きながら、野老氏の制作の核となる「律」そして「個と群」という概念についてお話しいただいた。

同じ要素で組み上がる3つのエンブレム

野老氏は「言葉でうまく伝えきれない代わりに、形にメッセージを込めたい」と話し、MDFという木材で作られたパズルを見せながら、エンブレムの構造を紐解いた。東京2020大会のエンブレムは、3種類の四角形45個(大9、中18、小18)と中心15個の合計60個のパーツを12角形の中に敷き詰めた図形がベースとなっており、パズルのように各パーツをはめ込んでいくことで形が出来上がっていく。これらを用いて“輪”を作ったのがオリンピックエンブレム、両手を挙げたガッツポーズのようにも見えるのがパラリンピックエンブレムだ。両者とも、大中小のパーツがそれぞれ同じ個数で構成されており、物理的にも同じ重さでできているということになる。さらにいえば、パーツの配置を変えて組み直していけば互いのエンブレムに作り変えることもできる。東京2020 NIPPONのフェスティバルマークは3つの羽でできたプロペラのようなデザインになっている。3つのシンボルは全て同構成・同質量となっており、すべて12角形で形作られている。このように何通りにも形を変えられるという「多様性」や、等しいものであるという「平等性」は大会の精神に通じているものだ。
エンブレムに続いて画面に映し出された「CONNECT」という文字は、過去の展覧会タイトルにもなった言葉だ。これらは輪郭の中や外にいくつかの線がひかれ、文字というよりは図面のようにも見える。寄棟(よせむね)のように中央のラインがもりあがった形をひとつずつたどることで、目の見える人も見えない人も同じように認識することができる文字。これらは30度、60度、90度の角度のみで構成されており、誰でも作ることができる仕組みになっているとのこと。“誰でも繋がれるものを作る”という考え方は、野老氏の原動力そのものなのだ。

律=ものを成り立たせるための仕組み

パーツの個数や12角形など、各エンブレムの共通項を野老氏は「律=ルール」と表現する。ルールとはしばしば、何かを縛るものや不自由なものと思われがちだが、野老氏は新たなものを生み出す可能性と捉えている。スポーツでいえばサッカーやラグビーなどの身体的ルールは試合の展開を面白くさせ、新しいものが迎えられることもある。文化面でいえば、俳句の5・7・5という字数制限があることによって、より豊かな表現を目指して多くの素晴らしい作品が生まれてきた。このエンブレムにおける「律」は「幾何学」である。律を設けることは確かに不自由ではあるが、そこに生まれてくる美を表現したいと野老氏は語った。律が動く、と書いて「律動(リズム)」という言葉がある。そのほかに、旋律、法律、などの言葉も挙げられたが、つまり律とは、物事のストラクチャー(構造)を成り立たせるためのものなのだ。
紋様を作る上で基礎となる「ドット」、つまりひとつの円は、それをひとつ置いただけでは何者でも無いが、並べ方や増殖の仕方で無数の「パターン」となり得る。並べ方でいえば、例えば丸を3つ重ねた三角形と4つ重ねた四角形を隣り合わせにし、それを軸として回転させながら同じパターンを並べていくと、結果として19個の円からなる12角形が出来上がる。決して理論上だけの話ではなく1円玉などを用いて誰でも再現することができ、特別な道具を用いなくても簡単に作ることができる。これは野老氏いわく「そうなってしまう」としか言いようのないもの、数学で言えば「定理」とも言えるものであり、これがいわば紋様を作る上の「律」となる。
タイトルにも言及された。今回のエンブレムに用いられた「組市松紋」 はHARMONIZED CHEQUERと英訳される。「旋律」という言葉のように、何か美しい響き合いをもたらすよう想いを込め、FORMATIVE(組み合わせられた)でなくHARMONIZED(調和された)が採用されたとのこと。また、市松模様を表す CHEQUER に CK でなく Q が用いられているのも、古典的なイギリス語のようにある種の品位があるものを作りたいという願いが込められているからだ。
話題は実際にエンブレムのパーツが組み上げられていく過程に移った。まず正方形をひとつおき、角度を変えて傾けひし形(ロンバス)を作っていく。90度、60度、30度の角度でだんだんと傾けていくと見た目はそれぞれ異なるが、対角線は常に90度であり、向かい合う一辺はいずれも同じ長さであることがわかる。次に各辺の中点同士を結び中に四角形を作って色を塗ると、塗られているところと塗られていないところは面積が同じになる。エンブレムが市松模様のように見えるのは、こうした視覚的効果から来ているのだ。そして、出来上がった3つ(大=傾き90度、中=60度、小=30度)を組み合わせ、色が塗られている内部の四角形だけ残すと、組市松紋様の構成の元が出来上がった。小3つを並べるとその間に中2つをぴったりはめることができ、中2つの間には大が1つ置かれる。こうしてパーツを組み合わせてひとつの塊(コンポーネント)ができ上がると、今度はそれを3つ回転させながら配置して、いよいよオリンピックのエンブレムが出来上がる。
このエンブレムは時として「ランダムだ」「対称形ではない」と言われる事があるそうだ。しかし野老氏は「3回回転対称である」と言う。解説を聞けば聞くほど、このエンブレムに込められた「律」がはっきりと見えてくる。

「個と群」にみる多様性と、アルゴリズムの可能性

パーツ1つが「個」であるならばコンポーネントとは「群」である。群の作り方は1通りだけではなく、何通りでも組み合わせを変えることができる。オリンピックエンブレムの外角に合わせた組み方は53万9968通り、パラリンピックエンブレムの外角に合わせたものでいえば335万7270通りになるという結果が数学者によって立証されている。驚くべきことに、中心のパーツを削らず、大中小全てを60個敷き詰めた形の組み合わせは237億7949万2214通りもあるのだとか。もちろん、数学上浮かび上がった数の全てのパターンを紙に印刷して並べるのは現実的に不可能だが、コンピュータの中では実現できる。このように、数学上導き出されたパターンを具体化していくアルゴリズムの可能性に、野老氏はかねてより期待をこめていた。
組市松紋のパターン化である「組市松紋様(英名:HARMONIZED CHEQUERED PATTERN)」は、野老氏が以前から行ってきた試みだ。パターンの組み方もエンブレム同様、ひとつのコンポーネントを増殖させていくことがベースとなっているが、この場合はエンブレムのようにある形に収めるのではなく、タイリング(タイルのように敷き詰めていくこと)の作業となる。その後、条件を設けて余分なパーツを削除したり付け足したりすることで、誰でも簡単にアニメーション的に動きを生み出す事が可能だという。

日本人に染み付いた「藍色の強さ」

話題は紋様に用いられた色の話へと移った。野老氏が採用したのは藍色だ。エンブレムの四角形3種は1:2:√3(大が2、中が√3、小が1)という比率で構成されており、2にあたる部分を100とすると100:50:86と展開できる。このボリュームをそれぞれ色に当てはめて、CMYK(印刷インキ色のCMYK配分率の配分)で表されるところの、C(シアン)=100、K(ブラック)=50、M(マゼンタ)=86を組み合わせてできたのが今回の藍色である。見た目にはわからない細かい色の違いだったとしても“86”という数字の根拠が何かを語れるような、「摂理というもの」に重きをおくことを強調されていた。このように数値で指定することは可能だが、見る媒体によってそれらが全く同じに見えることはない。媒体も現在は紙面だけでなく、デジタルサイネージやとても小さいコンピュータの画面など、時代を追うごとに多様になっていく。野老氏は、もし仮にポスターの時代が終わっても残る考え方として、この発想を入れ込んだ。
1972年のミュンヘンオリンピックの時は黒一色のエンブレムが発表されたという。そこで野老氏は「黒以外で強いものを目指そうとした」ことにも言及した。ここで、2〜3ヶ月の間屋外にさらされたオリンピックのポスターの写真が映されたが、下部にあるオリンピックシンボルは、赤と黄の輪が色あせて見えなくなってしまっている。残されたのは緑と青と黒だが、青と緑はどちらがその色かは認識できないほど青みがかり、同系色に見える。対して上部のエンブレムははっきりと形が残されており、「藍色が強い」ということが確かに伝わってくる。藍色がもつ強さは、野老氏の中でアスリートの強靭な身体、鍛え上げられた筋肉のイメージと重なる。「強さ」を極めたアスリートへの敬意と憧れに対するひとつの解釈とも言える。
「藍色」は関東ではしばしば「紺色」と呼ばれることもあるが、「藍染」の藍は現在も主に四国の徳島で栽培されているタデ科の植物から作られる。今やサッカーのユニフォームなどから「ジャパンブルー」と称されるほど日本を表す色のひとつとなっているが、青色と日本の関連付けを世界に印象付けたのは葛飾北斎の『富嶽三十六景』が決定的だろう。深い青は力強い荒波を表現し、時代が進み他の色がすっかり抜け落ちた画面には見事な青のグラデーションだけが残される。さらに言えば、道着や甲冑の裏地に使われるといった抗菌作用としての強さ、色褪せにくさから当時の労働者や庶民たちの着物にも採用されてきたという染料としての強さなどもあげられる。日本人は、ずっと昔から綺麗な青を作り続け、青の強さを知り、この色との関わりを世界に発信してきているのだ。

建築から学んだ、繋がることの素晴らしさ

前半終了後は、野老氏の意向によりまず初めに質疑応答の時間を設けられた。建築との関わり方について問われると、野老氏は自身のルーツを交えて回答した。野老氏は建築家の父とインテリアデザイナーの母を持ち、幼い頃から建築に慣れ親しみ、芸術家・江頭慎氏を師と仰ぐ。すぐに折れてしまう幅木のように、ハリボテのようなもの、フェイクの素材に強烈な嫌悪感があるそうで、考えられるものをとことん考え、根拠があるものを作るという考えは、建築から学んだそうだ。また、建築士が設計した建造物を大工が作るといった関係のように、ひとつのものを介して多くの人が共同するという連鎖を、野老氏は現在の制作でも大切に心に据えている。

後半の話題は、CONNECTという自身のプロジェクトへ。2017年頃からスタートしたこの企画は、自身と他者によるコラボレーションを生み出すものだ。漆作家や藍染作家たち、あるいは数学者などと様々な形でのコラボレーションを展開。それぞれ組市松紋の形、色、データを紐解き、時に偶然発生したものを受け入れながら、平面や立体作品を制作し個展形式で発表した。

また、白黒の円で書かれたクマのイラストのような作品が紹介された。これは『kumapon(g)』といい、黄金比によって大きさの比率を決めた複数の円で絵が描かれている。そのほか、自身の名刺にも使用される「TOKOLO PATTERN」を軸としてアルゴリズム・デザインとのコラボレーションを行なった様子なども取り上げられた。いずれも、それぞれの形やパターンは偶然発生したもののように見えて、「律」がないと成り立たないものだ。野老氏は自身のこうした取り組みを、「数学ができなくても、算数と数学、さらにもっと上の高等数学などの、ブリッジのようなものの基」と説明した。
領域横断的なコラボレーションを経て、野老氏は「2021年以降に“集合知”ができるのでは」と。知識やテクニックを重ねあわせ入り混じったものがどんどん増えていくこれからの時代を見据え、自身はそれらが集まる“種”になるようなことを目指すという。「東京2020エンブレムコンセプトムービー」は、四角形が動いてぶつかりあうと複数の軽やかな音が聞こえる。これは、ぶつかるものの大きさで鳴り出す音が自動的に決められているもので、発展させていけば作曲の可能性を秘めているものだ。まさにテクニックの集合知であるこのムービーは、「律」「個」「群」の仕組みを聞いた後に見て見るとさまざまな気づきを与えてくれる。

「角が立った図形も、律をもって集まれば和/輪を成せるのではないか」
この言葉は、エンブレムにも紋様にも通じる、野老氏の試みの軸となる考え方だ。
組市松紋様はいわば、何もないところでも最低限のツールさえあれば誰でも作れるもの。時代が進むにつれてデザインの仕方はいくらでも変わっていく中で、野老氏は「考え方の考え方」「作り方の作り方」を考え続けていく。

先人たちへのリスペクトとしての三角定規とコンパスを用い、さらに今後出て行く演算技術やアルゴリズムによって発展させていく基となるようなものにしたことで、両者をつなぎ「和/輪」をもたらすものが作れたと、野老氏は手応えを感じている。

最後に、東京2020 NIPPONフェスティバルに向けて作られたコンセプトムービーが上映された。フルアルゴリズムで作られた精緻なアニメーションは、パーツの連なりや響き合い、全てに「律」が浸透していた。人と人、過去と未来、学問や文化、あらゆる領域を超えて繋がり合いを引き出す組市松紋様は、いよいよ一年後と迫った東京2020大会にふさわしいデザインだ。聴講者からの大きな拍手をもって講演は幕を閉じた。

モリサワの東京2020オフィシャルサポーター(フォントデザイン & 開発サービス)契約について

モリサワは、東京2020スポンサーシッププログラムのカテゴリー「フォントデザイン&開発サービス」におけるオフィシャルサポーターとして、東京2020公式フォントの提供を行い、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会において情報が正しく迅速に伝わるよう支援するとともに、大会の成功とスポーツの発展に貢献していきます。