文字を組む方法

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第八回    

これまで、文化的側面から、あるいは技術的な背景から、歴史や事実を検証することで文字を組む方法を見てきましたが、ここからは、文字組みの手順にそって、組版の実際について考察していきたいと思います。まずは、文字を組む際一番最初に考えること。書体選択のお話しです。

書体
見本帳
のこと

書体を選ぶときにかならず必要なものは書体見本帳です。現在(2009年初頭)手に入れることができ、実際に活用できる和文デジタル書体の見本帳は、前回紹介したなかの新しい二冊、『基本日本語活字見本集成 OpenType版』(誠文堂新光社)と『フォントブック[和文基本書体編]』(毎日コミュニケーションズ)でしょう。収録書体数(1650書体)を考えれば前者に軍配が上がりますが、自分が使いやすい方を選べばいいでしょう。
写植時代には、メーカー各社が書体見本帳だけでなく、しっかりした組み見本帳もつくっていたものです。デジタルフォントになって、組みの試行錯誤をデザイナー自身が手軽にできるようになったからかどうか、最近はパンフレット程度のものしかつくらなくなってしまいました。それでもベンダー各々のパンフを集めて自分専用の見本帳をつくってみることをお勧めします。実際私は、編集された見本帳よりメーカーのパンフレットを見ることの方が多いように思います。これも、自分が使いやすいように、ということでしょう。
現在流通しているデジタル書体の見本帳だけではなく、活字や写植書体の古い見本帳も有効です。何より文字を見る目を養うことができます。しかし、古い見本帳は古書としてもなかなか出てきません。現在入手可能なものとして、見本帳ではありませんが、印刷史、書体研究の大著『聚珍録(しゅうちんろく)』(府川充男撰輯、三省堂)を推薦しておきます。もちろん、実際の印刷物を実見することの大切さは言うまでもありません。明治以降の書物であれば、国会図書館や大学図書館で比較的簡単に見ることができます。
欧文書体でも事情は同じですが、書体数も多く、外国語ということもあり、和文書体に比べてしっかりと編集された見本帳を探す必要があります。
網羅型のデジタルフォント見本帳では、FontShop Internationalが発行している『FONT BOOK』が一番でしょう(ただし、現在発行の2006年版にはアドビ社のフォントが掲載されていません)。これはウェブページから購入することができます(http://www.fontbook.com/)。
また、ほとんどのベンダーがオンラインでフォントを販売していますので、ウェブ上で書体を確認することができます。ただし、印刷文字としてのディティールまで見ることはできませんから、オンスクリーンだけで確認すると、購入してからがっかりすることもしばしばです(体験談)。
評価が高い見本帳として『ENCYCLOPAEDIA OF TYPE FACES』(Blanford)があり、昔からデザイナーが使っている清刷集に『モンセン・スタンダード欧文書体清刷集』(嶋田出版)があります。1990年ごろまで発行をつづけていたモンセンですが、今は古書店でもなかなか手に入らなくなってきました。
それでも古い見本帳は、和文書体より欧文書体の方が見つけやすいと思います。印刷所などで発行された書体見本帳が、資料として大切に扱われてきたことの証なのでしょう。

FontBook(2006年版)
FontShop International

ENCYCLOPAEDIA OF TYPE FACES, Blanford
Jaspert, Berry & Johnson
1953年に刊行されて以来版を重ねている。
写真は、1993年版

欧文書体
の分類

現在、和文のデジタルフォントだけでもおおよそ2000書体が存在しますが、欧文書体はそれと比べものにならないくらい多く、先述の『FONT BOOK』には32000を超える書体が収録されています。しかもこれは市販されている印刷用書体に限った数字です。フリーフォントやエクスクルーシブフォントとよばれる専用書体、またコンピュータディスプレイや携帯電話の表示用書体など、さまざまな用途の文字を加えれば、いったいいくつの書体が存在するのか見当もつきません。そこで、書体を分類して体系的に全体を把握する必要が出てきます。
早い時期に書体数が人の記憶の限界を超えた欧文書体は、書体の体系的な把握もすでに終えており、1960年代には、「VOX-ATypI classification」と呼ばれる分類法が定着しました(Wikipedia; http://en.wikipedia.org/wiki/Garalde#Criticisms)。
VOX-ATypIでは、書体を11種類に分類しており、大きく“時代”と“かたち”のふたつの側面から理解することができます。ここではそれに、“用途”による分類を加えた三つの要素で説明してみたいと思います。

時代に
よる分類

時代別の分類は、古い順から「Old Roman」「Transitional Roman」「Modern Roman」と区分することができます。「Roman」とは、トラヤヌス帝碑文のような、石に彫られた、いわゆる「Roman Capital(ローマ碑文の大文字)」にルーツを持つ、ローマ起源の文字という意味で、日本語では「ローマン体」と総称されています(ラテンアルファベット全体を指す「ローマ字」も、もともとはローマン体の意味だったと推察されます)。広義ではイタリック体に対する正体(垂直に立つ文字)全般を指します。
Old Romanは、グーテンベルクによる活版印刷術発明後のルネサンス期につくられた書体で、印刷術がイタリアに伝来して鋳造されたれたローマン体がこれにあたります。VOX-ATypIでは、イタリアでつくられた最初期(15世紀後半)のものをルネサンス人の人文主義から「Humanist」(地名から「Venetian」とも)、フランスからヨーロッパ各地に拡がっていく後期(16世紀)のものを代表的な書体「Garamond」から「Garalde」と呼んで、2期に分けています。
Transitionalとは“過渡期の”という意味で、Transitional Romanは、Old RomanとModern Romanの過渡期にあたる文字と分類されています。ルネサンス期のイタリアで復活したローマの石碑文字が、フランスからヨーロッパ中に伝搬し、やがてイギリスにたどり着いて、English Romanと呼ばれる書体群を生みます。そのEnglish Roman以降、十八世紀までにできた書体がTransitional Romanです。現在、一番多く流通しているのがこのタイプだといわれています。
最後にModern Roman。“Modern”とは、近世・近代のことを指しますが、活字はルネサンス以降のものですから、すべて近代の所産だということができます。しかし書体の分類では、18世紀後半、産業革命のころに誕生した書風を指して Modern Romanと呼んでいます。まっすぐなステム(縦画)、細い横画などはっきりした特徴を持っており、製紙や印刷技術の進歩がその背景にあると考えられます。DidotとBodoniという代表的な活字鋳造者の名前から「Didone」とも言います。
書体はそれぞれの時代ごとに造形的な特徴があります。簡単に言うと、平筆で書いた手書きの線が、整理され抽象化されていく過程と考えればいいでしょう。数千書体を数える今では、どの時代につくられたかというより、どの時代の文字の特徴を備えているかによって分類しています。また、Modern Roman以降、特にコンピュータで制作されるようになってからの書体を「Contemporary(同時代の)」と呼ぶこともあります。
時代の分け方はおおよそ説明したとおりですが、その名称は国や地域、また考え方によってさまざまです。

トラヤヌス帝の戦勝記念の塔に掲げられた碑文
ローマ、114年ご

時代による分類とその特徴

かたちに
よる分類

かたちといっても、太い細いや、丸い四角いといった形態をみるわけではありません。欧文書体はserif(セリフ)という突起によってかたちを規定してます。
セリフは、石に文字を彫ったときのノミの痕跡、平筆で書いたときの起筆部などを様式化したものと考えられていますが、私は前者をとるのが妥当ではないかと考えています。ローマン体の起源ということもありますが、実際に石に彫っているのをみたときに、セリフの必然性を感じたことをよく覚えています。
そのセリフを持っているのがローマン体。セリフのないのが「Sans serif(サンセリフ)」です。sansとは、仏語で“…のない”という意味です。
サンセリフは19世紀初頭に生まれた文字です。欧文書体の多くは出自(だれがいつどこでつくったか)がわかっているものですが、発生当初のサンセリフ体はそれが明らかではなく、めずらしいボトムアップの(市井の誰かが自発的につくりはじめた)文字ということができます。正統でないことから“グロテスク(奇怪・異様)”と呼ばれていたくらいです。
最初のサンセリフの金属活字は、1816年にウィリアム・キャスロンによってつくられたつくられた「Egyptian」。しかし、実際に普及を見るのは二十世紀に入ってから。「Akzidenz Grotesk」以降のことです。1928年にヤン・チヒョルトがサンセリフ体の使用を基準とした「ノイエ・ティポグラフィ」を提唱し、戦後のスイス派のタイポグラフィを経て、今ではグロテスクでも何でもなく、スタンダードといってもいい存在になりました。
サンセリフはその形態から「Lineal(線状の)」とも呼ばれ、さらに、「Grotesque」「Neo Grotesque」「Geometric」「Humanist」の四つに分けられています。
「Grotesque」と呼ばれる分類は、19世紀のサンセリフ体の特徴を持っており、ストロークにコントラストがあります。1950年代につくられた「Univers」や「Helvetica」が“新しいグロテスク(Neo Grotesque)”と呼ばれるグループで、コントラストは押さえられ、より癖のない、汎用性の高い書体設計が成されています。“幾何学的なもの(Geometric)”は、極端に言えば正円と直線でできていて、20世紀初頭の初期モダニズム期に盛んにつくられました。“人文主義的な書体(Humanist)”はオールドローマン体のような手の痕跡が残るサンセリフです。ルネサンスにおけるヒューマニズムがその呼び名の由来です。
古代ローマやギリシャにもセリフのない文字はありましたが、分類上のサンセリフとは分けて考えたほうがいいでしょう。
もうひとつ、「Slab serif(スラブセリフ)」というグループがあります。 slabは背板など板状のものを表す言葉で、太いセリフを持っている書体を指します。一七九八年のナポレオンのエジプト遠征や、1809年から二六年にかけてシリーズで刊行された書物『Description de l'Égypte』(仏)の影響でおこったといわれるエジプトブームのころ生まれた書風で、エジプト建築の柱の形状と似ているからでしょうか、「Egyptian(エジプシアン)」とも呼ばれています。VOX-ATypIでは、産業革命という時代背景やそのタイプフェイスの力強さから、「Mechanistic(機械的な、力学的な)」と名付けています。
木活字書体としても普及し、19世紀末の広告やポスターなどにも多くみられます。多様なデザインに展開され、装飾過多で悪趣味といわれたヴィクトリアン様式の印刷を支えました。また、20世紀中ごろのアメリカでも脚光を浴び、ミッドセンチュリーのデザイナーたちが好んで使った書体でもあります。
このようにかたちによる分類は、主にセリフの形状によって整理されており、セリフという存在がいかに欧文書体にとって重要であったかを物語っています。
セリフによらないかたちの分類として、写本用の文字が原型となっている「Blackletter」、手書き風あるいはカリグラフィがお手本の「Script」を挙げることができます。

各部の名称

かたちによる分類

タイポグラフィによる典型的なヴィクトリアン様式のポスター(1875)

用途に
よる分類

書体は自然発生的に生まれるわけではなく、ほかのプロダクトと同様、誰かが何かのために制作したものです。従って最初に考えられた用途が必ずあります。
大きくは、書籍などに用いる「テキスト用書体」、サインや看板などに用いる「ディスプレイ書体」、さまざまな飾り文字として用いる「装飾用書体」、ひとつの用途に特化した「専用書体」に分けることができます。しかし、このジャンルだけは大きなくくりではなく、それぞれの書体の専門性を知る方が役に立つかも知れません。
テキスト用の書体には、書籍本文用だけではなく、「Times New Roman」のように新聞用書体として開発されたものや、「Berkeley」のように大学の専用書体として制作されたものもあります。Timesはどちらかといえばニュートラルなデザインで、Berkeleyは大学のアイデンティティを主張するためでしょう、現代的な骨格にヴェネチアンの書風を持たせて、普通の本文用書体とは違う趣を持っています。
ディスプレイ書体では、空港のサイン用書体だった「Frutiger」や「Info」、ノルウェイの交通標識用書体「Trafikkalfabetet」、ロンドン市交通局の「Johnston」などがあります。いずれも狭いスペースに文字を押し込めても遠くからきちんと識別できるように設計されており、またJohnstonのように都市の顔として機能しているものもあります。サイン用書体は20世紀のヒットかも知れません。
「Decorative(装飾的)」と呼ばれる一群の書体は、アールヌーボーやアールデコなど特定のデザイン様式に倣ったもの、写本のイニシャル(文頭の大きな文字)のバリエーション、タイプライターやゴム印、ステンシルなど身近な印字方法を模したもの、さらにコミック書体からイラストレーションのような文字まで、まさに多種多様な書体があります。このジャンルに解説は必要ないでしょう。
専用書体としては、電話帳専用に開発された「Bell Centennial」、電子的に読み取るための書体「OCR」などがあり、たとえばBell Centennialであれば、限られたスペースに小さな文字を粗末な印刷で刷っても数字を見間違えないようなデザインとなっています。
文字に“用途”があるということは、そのための“機能”が備わっているということでもあります。専用書体の多くはテキストなどにも使えるように改変されていますが、その“機能”はきちんと引き継がれています。

さまざまな用途でつくられた書体

Bell Centennial(1978)で印字された電話帳

Frutigerはシャルル・ド・ゴール空港のサイン用書体として開発された。
1975 年開港当時の書体名は空港の所在地であるRoissy。
写真は現在のシャルル・ド・ゴール空港。

分類する
理由

これらの分類を知ることは、書体選択のときの助けとなるばかりではなく、文字の造形のほんの小さな違いが、大きな印象や役割の違いになっていることに気づくことでもあります。テキスト用に開発された書体は可読性に長け、ディスプレイ用につくられた書体は視認性に優れています。しかし、“A”というかたちに違いはありません。“A”という範囲のなかで工夫が繰り返されているのです。
この書体がどういう特徴を持っているのか、自分の目で見てそれがわかるに越したことはありません。しかし、その能力を簡単に手に入れることはできません。いくらがんばってもダメな人もいるでしょう。しかし、その出自や背景を知っていれば、おおよその文字の性質を推し量ることはだれにでもできます。
文字の印象についても同じです。タイポグラフィのカンファレンスでヨーロッパの若いデザイナー数人に、「Garamondは日本で人気のある書体ですが、あなたも使うことがありますか?」と聞いたことがあります。答えはいずれも「NO」でした。理由は古くさく見えるから。GaramondはOld Romanに分類される書体です。日本でいえば楷書のようなイメージでしょうか。それを考えてみれば当たり前のことです。Garamondよりモダンなイメージを持つSabonやMinionといった後継書体もありますから、そういう書風がほしいときでも、特別な理由がないかぎり、あえて古典的な風貌のGaramondを使う必要はないわけです。
だからといって、もちろん使ってはいけないということではありません(私はその後もGaramondをよく使っています)。書体選択には根拠が必要だと思うのです。
書体は自由に感覚的に選べばいいというのも一面の真理ですが、その感覚に共通の歴史的、文化的背景があるかどうかを一考すべきでしょう。その背景の違いや個人の感覚の誤差を埋めてくれるものは知識しかないと私は思っています。

2009.2.27 (第八回 了)

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