フォーラムレポート
第31回モリサワ文字文化フォーラム「Crossing Letters, Crossing Cultures ― 文字がつなぐ創造のはじまり」
2026年1月30日(金)株式会社モリサワは第31回文字文化フォーラム「Crossing Letters, Crossing Cultures ― 文字がつなぐ創造のはじまり」をArphic Typesと共同開催。会場は台湾の華山1914文化創意産業園区(Huashan 1914 Creative Park)で行われた。
日本と台湾という異なる文化背景の中での廣村正彰氏、Aaron Nieh氏の二人のグラフィックデザイナーが登場。それぞれの実践を通じて「文字の力」を多角的に掘り下げた。
講演者
廣村正彰(グラフィックデザイナー )
Aaron Nieh(グラフィックデザイナー )
第1部:Aaron Nieh 氏 講演
Aaron Nieh氏は、今回のフォーラムへの招待に感謝を述べたうえで、本講演では作品紹介に終始するのではなく、自身の思考の出発点や、キャリア初期の視点に立ち返りながら話を進めていき、まだ自身が広く知られる以前(約20年前)の初期作品を振り返り、どこを注視し、どのような条件や目的の中で生まれてきたのかを、来場者と共に考えていきたいと述べた。
比較文学的視点とデザイン
「デザイナーは翻訳者でありインタープリター(解釈者)である」と話し始めた。
文学作品の翻訳を例に挙げ、同じ物語であっても、文化的背景や世代が異なれば内容やニュアンスが変化することを指摘した。Nieh氏は、こうした現象を比較文学の一形態として捉え、デザインもまた同様に文化と言語のあいだを横断する「解釈の行為」であり、デザイナーの重要な仕事は「物事への理解を最も適合する形」にすることだと語った。
文字と文化を横断する実践 ー タイトル翻訳とキービジュアル制作 ー
今回のフォーラムタイトル「Crossing Letters, Crossing Cultures:Where Creativity Begins」について、英語でのやり取りからスタートし、単なる中国語の直訳ではなく、台湾人の持つ言語のリズムに合い魅力的に伝わるよう「越える」「またぐ」といった漢字が持つ意味やイメージを重ね合わせ、「文字を超える文化」という表現に至り、その過程自体が、文字と文化を横断する実践であったと振り返った。
キービジュアルについても、文字の中に文化が含まれ、文化の中に再び文字が内包され、拡張していくイメージを映像的に表現したと説明。同じタイトルであっても、異なるデザイナーが手がければ全く異なるビジュアルに着地する可能性があることに触れ、そこにデザインの本質があると述べた。
文字跨文化 Crossing Letters, Crossing Cultures
日本語の「タイムマシン」は機械的なイメージが強いが、中国語訳の「時光機」は台湾で使われる場合もっとエモーショナルなものを指すという。Nieh氏は、翻訳や通訳を介することで生じる「わずかなズレ」に注目し、それは誤差として扱われがちだが、むしろそのズレを見せることが創造性の源泉になり得るのではないかと指摘する。
20年前、自ら手掛けた日本語を組み込んだデザインや中国語の文脈にひらがなを取り入れた映画や本のタイトルを紹介し、言葉をミックスした表現は新たな解釈や表現を生み出す契機になったとし、それらを振り返り、文化や時代背景で、そのデザインの持つ意味の重心が少しずつ移る。現在はより母国語を大切にしつつ新たな表現を創出していると述べた。
また、台湾のミームiで展開されている日本語と中国語、アルファベットやカタカナが混ざり合う表現は、特定の文化圏に属する人にだけ通じる一方で、新しいコミュニケーションの形を生み出している。こうした現象は、今後さらに増えていく可能性があり、文字文化も変化し続けるものであるという見解が示された。
講演の終盤、Nieh氏はデザイナーの姿勢について、なぜその表現を選び判断に至ったのかを自覚し、自身の美意識や主張を理解したうえで表現すること、そして自らの選択に対して後ろめたさを感じる必要はない、と締めくくった。
- [i]ミーム : インターネットを通じて人々の間で模倣・改変されながら拡散する、画像や動画、文章などのコンテンツや現象
第2部:廣村正彰 氏 講演
続いて廣村正彰氏が登壇。Nieh氏の講演でも話された、台湾での日本語と中国語が組み合わさったデザインや文脈の面白さに触れ、台湾語/中国語にとても興味が湧いたと語った。
字と美について
日常生活の中に溢れる文字やサイン、見過ごされがちな表現を改めて観察することで、文字文化の奥行きや可能性が見えてくる「当たり前のものに立ち止まって目を向ける」ことの重要性を説き、自身はグラフィックデザイナーであると同時に、空間デザインにも多く携わってきた立場から、今回のテーマを「字と美」とした。調和する文字の美しさについて考える場にしたいと述べた。
「読む」文字と、「観る」文字
廣村氏は、人間の脳が文字を読む場合と、絵や形を見る場合で異なる領域を使っていることに触れた。読む文字は主に情報を正確に伝える役割を担い、見る文字は視覚的・感覚的な情報を伝える。特定の文字文化圏=アジアでは文字そのものを美的要素として捉え、字と絵が一体化した表現を育んできた歴史があり、それが書文化を豊かにしたと説明し、文字を「読むもの」としてだけでなく、「観るもの」「空間の中で機能するもの」として捉える視点を提示した。
情報から表現へ ― 文字の分岐点
講演の中盤では、「文字が情報から表現へと2つに分かれる分岐点」について言及した。
「観る字」は記号化されピクトグラムやアイコンのように読まなくても意味が伝わる即時性を持つ文字。
「読む字」は建築の看板やサインなど空間に配置されることで機能し、読むとその空間の意味が伝わる文字。
場所や身体感覚と連動した表現であり、見ることと読むこと、二つのことが同時に行われていると説明した。
象形文字と現代の絵文字
廣村氏は、象形文字や亀甲文字を例に挙げ、古代において文字が視覚的な形から生まれたことを説明。伝えたい情報の本質を、最小限の形で表すという考え方は、現代の絵文字やピクトグラムにも受け継がれている。「ピクトグラム」は、「読む」ことを極限までそぎ落とし、見ただけで意味が通じるように設計された記号である。そのため、意味を直接視覚化するところに面白さがあり、言語や年齢を超えて、情報を共有することが可能であると述べ、一文字で意味を持つ「漢字」の中にイラストと英訳を入れたサインを紹介。商業施設内にある食品フロアやレストラン街の壁面など、幅広い人々が利用する空間に配置することで、全世代、外国人の認識を容易にし、豊かなコミュニケーションを担えるデザインとなり、単なる情報伝達を超えた表現が可能になったと述べた。
文字と空間デザイン
東京2020スポーツピクトグラム、横須賀美術館などのサインやピクトグラムを紹介しながら、「文字は情報を伝えるだけでなく、空間の方向性や距離感、体験そのものをデザインする要素として機能する。配置やスケール、視線の誘導によって、人がその場でどのように感じ、どのように行動するかが変わる」と語った。
空間認識化された字 環境への定着
文字と絵が一体となった表現の例として、山水画と和歌が描き込まれた屏風絵を取り上げ、さらに自らのスタディとして実景に俳句を設えた写真作品を紹介。サインには即時性が重視されがちだが、時間をかけて空間の意図を伝えるサインも存在する。その際、「言葉」や「文字」は、空間を構成する有効なパーツとなり、文字は「読む」ことができるからこそ、絵や形だけでは伝えきれない情報を内包し、それが脳への刺激となり、空間の理解や共感を深めていくと述べた。
こうした視点を踏まえ、言葉と空間が響き合う表現は日本に古くから受け継がれている美意識だと語り、文字は単なる情報伝達の手段ではなく、美や文化、感情とも深く結びついた存在であるとして、講演を締めくくった。
第3部:クロストーク・質疑応答
Aaron Nieh氏と廣村正彰氏が登壇し、「文字は文化の立場であり、スタンスである」というテーマのもと、クロストークが行われた。
廣村氏は、サインデザインについて、単なる補足的でネガティブな存在ではなく、環境に新たな意味や役割を与え、価値を創出するポジティブな行為として捉えるべきだと主張。台湾と日本の違いとして言語や施工面の違いはあるものの、台湾の現場は柔軟に対応してくれる印象があると述べた。また、デザインの役割は「人が理解するためのきっかけをつくること」にあるとし、海外案件では相手国を知り、尊敬し、寄り添う姿勢を重視していると語った。
Nieh氏は、廣村氏の話を受けて「文字」や「観る/読む」といった行為の原点に立ち返りたいと述べた。自身の変化については、若い頃は形式やスタイルにこだわっていたが、今は内容の充実を重視し、個性と最適な表現のバランスを模索しながら、新たな手法への挑戦を前向きに楽しめるようになったと語った。
質疑応答で両者は、サイン計画ではその土地のフォントを用いることが自然だと述べ、デザインの変化については、時代や技術が進化しても本質は変わらず、チームでの共有や外部との協働が重要だとした。AIは最終成果物には用いないが、検証など制作プロセスの一部として活用していると述べた。
お二人の講演から文字は情報として読むだけでなく、文化や空間を映し出す「見る言葉」であり、サインやピクトグラムは単なる案内ではなく、空間の意味や体験を設計する創造的行為であると実感させられた。
翻訳や世代差で生まれる微細なズレから新たな解釈や表現を生むデザインの面白さが伝わり、デザインと言語の関係性、表現の広がりが台湾と日本を跨ぎ「文字の力」を存分に感じる貴重な講演となった。































