モリサワ文字文化フォーラム

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フォーラムレポート

第32回モリサワ文字文化フォーラム 「ここちいい文字と場所 ―文字から本へ、本から書店へ」

2026年7月31日(金)、株式会社モリサワは第32回モリサワ文字文化フォーラム「ここちいい文字と場所 ―文字から本へ、本から書店へ」を開催。

エモーショナルなタイポグラフィを手がけるグラフィックデザイナー高橋善丸氏と「1冊の本を売る書店」をコンセプトとした森岡書店代表 森岡督行氏が登壇。

時を超え、空間を立ち上げ、人の心に鮮やかな情景を描き出す。そのリアリティはいったいどこに宿るのか。「文字デザイン」と「本」を起点に、人の思考や感覚を通して生まれる「ここちよさ」の本質を、独創的な視点から探る。新たな発見に満ちた密度の高いフォーラムとなった。

講演者

高橋 善丸(グラフィックデザイナー)

森岡 督行(森岡書店 代表)

第1部 高橋 善丸氏 「文字から、想像を促すデザインへ」

高橋氏は「文字から、想像を促すデザインへ」をテーマに据え、文字とビジュアルデザイン、2つの観点から話を進めた。

 

機能性・先進性・情感が生み出す文字表現

文字デザインの基本要素は読めること(可読性)をベースとし、そこに読みやすい形や安定した美しい形、長く読んでも疲れないといった「機能性」、新しさや独創性といった「先進性」、楽しさや表情などの「情感」の3つがバランスよく成立したところに「見て読んでここちいい文字」ができるという。

文字は情報を超えて情景を伝える

文字造形において、グリッドを基本としながら、線や交点の強調、有機的な曲線、文字の本質だけを残す簡略化などを取り入れることで、文字に意味や情景を与える表現を紹介。文字に感覚情報を加えることで、記号を超えた豊かな視覚表現が生まれる。「文字というのは理解のコミュニケーションツールだが、文字デザインというのは、感覚情報を盛り込むことで、記号性を遥かに超えた視覚情報が情景を伴って伝わる感覚のコミュニケーションである」と語った。

想像を促すデザイン

ここで本題に入っていく。

6面あるはずが実は3面しかない立方体や、白紙に雪を被った電柱を描くことで余白が雪原だと感じる作品を見せ、「情報をすべて与えなくても、想像のきっかけとなる要素があれば、見る側が頭の中で情景を補う」と語った。

「シンプルな表現でリアリティを出すとは、少ない表現要素で受け手の経験や既知の情報を引き出し、そこから多くのイメージを連想させることで、伝えたい内容をより豊かに広げる」。

さらに、一本の線やぼかした文字だけでも、人は地平線や奥行き、空間を感じ取ることができる。「リアリティというのは、写実的な映像を見せることではなく、どう相手の想像力を持ってリアリティを感じさせるか」と述べた。

想像を促すコミュニケーションデザイン

ここからは「想像を促すコミュニケーションデザイン」をテーマに、文字デザインによって見る人の想像力を引き出す手法や作品が紹介された。

二次元の文字から立体や空間を想像させた作品、影や水面の揺らぎによって時間や情景を連想させる表現、点や線、欠けた文字など、脳が最小限の情報を使って不足を補おうとする心理を利用した作品などが紹介された。さらに、「カニッツァの三角形」や「パレイドリア現象」などの視覚・心理効果を応用し、一つの作品に複数の意味を持たせる手法を解説。特定の視点からだけ文字が現れる「アナモルフォーシス」の技法を活用したインスタレーションでは、空間そのものをコミュニケーションの媒体にする可能性を示した。

高橋氏は、「相手の既知情報を利用し、イメージのきっかけを与えれば、脳に映像をつくりあげてくれる。はっきりと直接的な表現を避ける独特な日本的コミュニケーション方法を、私はグラフィックデザインで表現している」と語り、講演を締め括った。

第2部 森岡 督行氏 豊かさを伝えるための「1冊の本を売る書店」

森岡氏は「戦争や争いではなく、デザインや美しいものといった世界の豊かさに接続して生きたい」との思いから「1冊の本を売る書店」を始めた。毎週1冊の本を軸に展覧会を開き、著者や編集者、デザイナーと読者をつなぐ場をつくっている。

書店が入る東京・銀座の鈴木ビルは、かつて亀倉雄策らが活動した「日本工房」の拠点だった。その歴史に惹かれて入居し、ビルの住所を取り入れたロゴやオリジナル書体も制作した。

また、日本工房が句読点を省く誌面づくりを試みていたことを紹介し、文字デザインが試行錯誤された黎明期を振り返った。

人との出会いが未来をつくる

森岡氏は、展覧会の企画をきっかけに会いたい人へ自ら会いに行けることが仕事の醍醐味だという。著者や編集者、クリエイターとの出会いはすぐに成果につながらなくても、後に新たな仕事へ発展することがあり、その連続が「未来をつくる」と話す。

また、モリサワ創業者・森澤信夫が講演に感銘を受け、自ら星製薬の星一を訪ねた逸話を紹介し、自ら行動することの大切さを伝えた。

森岡書店では、1冊の本に合わせて店全体の空間をつくり変え、本の世界観を表現している。著者から人生や作品の背景を直接聞けることが、仕事を続ける原動力になっていると語った。

想像力が生み出す「ここちいい場所」

写真家ソール・ライターの蔵書を調査した際、本人が実際に訪れたことのない日本について、本の余白に「1972年に日本を訪れた」と書き込んでいたことを知る。

森岡氏は、その書き込みによって、頭の中で日本へ行ったかのような体験が作られたのではないかと推測し、胸を打たれた。

そして、高木由利子氏のモノクロ写真では、衣装や素材、色彩を鑑賞者自身が想像し、写真との対話が生まれるという。現実の場所でなく脳内で作られたものも、今回のテーマ「ここちいい文字と場所」と言えるのではないかと語った。

紙の文化の可能性

展覧会の世界観を丁寧に落とし込んだ12,000円の図録が約1,600冊売れたことを挙げ、紙の媒体には今なお大きな価値があると語った。デジタル化が進む一方で、日本には雑誌などの豊かな出版文化が根付いており、MoMAのキュレーターもその価値に注目しているという。紙媒体の衰退だけに目を向けるのではなく、その文化を大切に受け継いでいきたいと話した。

独自性が新しい価値を生む

「1冊の本を売る書店」は世界でも前例のない取り組みとして海外から注目を集めた。しかし、日本語の本を読めない来店客から「せっかく来たのに本を買えない」という声が寄せられた。そこで森岡氏は、本を購入した人に似顔絵を描くサービスを始めた。これがインフルエンサーの紹介をきっかけに話題となり、店の前に観光バスが横付けされるほどの人気を集め、中国での講演依頼にもつながった。

深圳での講演で「新しいアイデアはどのように生まれるのか」「イノベーションはどこから生まれるのか」と問われた森岡氏は、「自分が好きなことを徹底して続けることが、新しい価値を生むのではないか」と答えた。

デジタル時代だからこそ紙を読む

日本に帰国後、森岡氏は「新しいアイデアやイノベーションは、どこから生まれるのか」と改めて考えたという。その中で気づいたのが、紙の本を読むという体験の価値だった。

紙の本とデジタルの本は、脳の働き方や情報の受け取り方が異なるとされ、自身の実感としても、紙から得た情報のほうが身につきやすいと感じている。「AIやデジタルメディアがますます進化する時代だからこそ、逆に紙の本や文字、読めない文字に取り組むことで、自ずと新しさが生まれるのではないか」と話を締め括った。

第3部 クロストーク
対談は質疑応答も交え、それぞれのテーマでデザインや本の価値について語り合った。

「想像を促すデザイン」

森岡氏は、高橋氏の豊かな感受性や表現力の源を問いかけた。高橋氏は、色や素材を多用した時期を経て、要素を削ぎ落とし「造形と光」に表現を絞ってきたと語った。森岡氏は、長谷川等伯の「松林図屏風」が、平面でありながら奥行きのある空間として立ち現れた体験を紹介。高橋氏は、水墨画のように情報をあえて抑え、見る側の想像に委ねることで、より深い世界が生まれると説明。見る人の想像力を引き出し、より豊かな世界を生み出すという「想像を促すデザイン」の本質が語られた。

「寒河江百貨店のミニマムな空間」

森岡氏は、出身地・山形県寒河江市で、空き店舗となっていた旧百貨店を活用した「寒河江百貨店」をプロデュース。地方創生事業として実現したこの施設は、高校生が自習するカフェとして自然に定着し、地域の新たな居場所となり賑わいを生み出した。利用者が減少した商業施設も、視点を変えることで新たな価値を生み出せる可能性を示した。

「書籍にどう向き合っていくか」

高橋氏は、デジタル化が進む時代だからこそ、本というメディアの価値は失われないと話す。デジタルデータは技術の変化によって閲覧できなくなることがある一方、本は何百年経っても当時と変わらない形で手に取ることができる。絶版になった書籍が電子版よりかなりの高値で取引される例を挙げ、「人は知識だけではなく、感動そのものを所有したい」という思いが紙の本には宿っていると述べ、森岡氏も共感し深く納得した。

質疑応答

デザインが伝わるまでの時間について、高橋氏は、ポスターは3秒以内に興味を引くことを基本としながら、美術館などでじっくり鑑賞されることも想定していると説明。

デザイン提案の進め方について、高橋氏は、商業案件では複数案を提示しクライアントと納得し合える形をつくる一方、文化性の高いジャンルではデザイナー自身の表現や個性を重視すると語った。

「ここちいい文字と場所」の軸について、森岡氏は「今ここにいる人と時間を大切にすること」と語り、高橋氏は「ここちいい」というテーマを掲げた理由についても触れ、昨今のデザインは「新しさ」や「インパクト」が重視される一方で、人に寄り添い、長く愛されるというデザイン本来の役割が見失われがちではないかと指摘する。新規性だけを追い求めるのではなく、「心地よさを生み出すデザインの価値」を改めて見つめ直すことが重要だと語った。

 

最後に森岡氏は、高橋氏の新刊を書店で紹介したいと提案し、高橋氏も快諾。互いの活動を通じて「ここちいい文字と場所」をつくっていきたいという思いを共有し、フォーラムは締め括られた。