書体見聞

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第六回 黎ミン グラデーションファミリー

第六回 黎ミン グラデーションファミリー

高い柔軟性・汎用性を実現する革新的コンセプト

黎ミングラデーションファミリーでは縦画の太さを変えていく従来の明朝体のウエイトという軸に横画の太さの変化という軸を新たに加えている。
(左上から時計回りに黎ミンY10 L、黎ミンY20 M、黎ミンY40 U、黎ミンY30 EB)

モリサワが2011年に発売した黎ミンはシンプルで親しみやすい表情を持つモダンな明朝体である。その最大の特徴はクセのないニュートラルなデザインとともに34もの異なるウエイトを持つことだ。横画の太さの違いとして黎ミン/Y10/Y20/Y30/Y40の5つのファミリーがあり、縦画の太さの違いとしてL~Uの8ウエイトがある。これら縦画・横画の太さの組み合わせで合計34ものバリエーションから書体を選ぶことができる。縦画が段階的に太くなっていく5つのファミリーは総称して「グラデーションファミリー」と呼ばれている。
黎ミンは本文からディスプレイまで、あるいは縦組み/横組み、印刷用、画面上の表示等々に幅広く活用できる、高い柔軟性・汎用性を備えた革新的コンセプトの明朝体である。

デジタル時代の新しい明朝体の開発

黎ミンは印刷だけでなく、画面上での表示の見やすさも考慮して開発された。
(画像はイメージ)

モリサワの代表的明朝体であるリュウミンや秀英明朝が活字書体、A1明朝が写植書体を原型に持っているのに対して、黎ミンはデジタル時代に入ってから全く新しく企画された明朝体である。
試作が始まったのは1998年。開発時には「新明朝」と呼ばれていた。モリサワのラインナップの中で手薄だったモダンな明朝体をカバーすることがねらいのひとつだった。本文から見出しまで幅広く活用できることや、印刷物だけでなく、将来ますます重要になっていくであろう画面上での読みやすさも視野に入れて試作が進められた。柔軟性・汎用性は黎ミンの開発スタート時点からの重要なテーマだったと言える。
しかし、この段階ではデザインがうまくまとまらず、製品化は見送られた。その後、2001年にも試作が続けられたが、やはり製品化には至らなかった。

幅広い活用を可能にするグラデーションファミリー

黎ミンのグラデーションファミリーは横軸のファミリー(左から黎ミン/黎ミンY10/黎ミンY20/黎ミンY30/黎ミンY40)と縦軸のウエイト(上からL/R/M/B/EB/H/EH/U)の組み合わせにより、幅広い用途に対応できる。

試行錯誤の末、黎ミンのデザインが見本として確定したのはようやく2003年になってからだった。この段階で、字面が揃い、広めのふところを持つ黎ミンのモダンなデザインがかたまった。
2003年の試作では縦画の太さの違いによる標準的な8ウエイトのファミリーを想定していたが(現在の「黎ミン」ファミリーにあたる)、続く2007年の見本の段階で重要なアイデアがプロジェクトに加わった。グラデーションファミリーの考え方である。モリサワ内で横画の太い明朝体というアイデアを別に検討しており、これを黎ミンで展開すれば用途をさらに拡げられると考えられたのである。横画の太さが異なる5ファミリーが試作され、グラデーションファミリーという新しい明朝体のコンセプトが具現化した。

前述のように、黎ミングラデーションファミリーは横画が最も細い「黎ミン」から最も太い「黎ミンY40」まで5ファミリーから成り立っている。「黎ミン」と「黎ミンY10」は8ウエイト、「黎ミンY20」は7ウエイト、「黎ミンY30」は6ウエイト、「黎ミンY40」は5ウエイト用意されている(横画と縦画が同等あるいは横画のほうが太くなってしまうものは明朝体としてバランスが悪く、割愛された)。従来の主に縦画の幅が変化するウエイトの軸に横画の太さという軸を加えることにより、縦横2方向の太さを組み合わせることが可能になった。

この例の右ハライのように、ウエイトによってエレメントの角度は変わっていく。34ウエイトあるグラデーションファミリー全体でのデザインイメージの統一に労力を費やした。

例えば、横画、縦画ともに細いウエイト(右画像のピンクの部分)は本文やキャプションに向いており、横画の太い「黎ミンY20」「黎ミンY30」「黎ミンY40」のうち細いウエイトのもの(右画像の水色の部分)は見出しやキャッチ、中高年・シニア向け媒体の本文やTV用テロップ、サインなどに適している。横画の細い「黎ミン」「黎ミンY10」の太いウエイト(右画像のオレンジの部分)は大サイズの見出しなどに用いると明朝体らしい気品を活かせるだろう。そして、横画、縦画ともに太いウエイト(右画像の緑の部分)はゴシック体にも負けない力強さと黒みを持ち、サインやディスプレイなどにおいてインパクトのある表現を可能にする。統一されたデザインコンセプトを持ちながら、これだけ幅広い用途に対応できる明朝体はこれまで存在しなかった。

黎ミングラデーションファミリーでは縦画・横画ともに太さが変わるため、全体の整合性をとるのに困難を伴った。一例を挙げると、右の「永」の字の右ハライのように、LとUではそのエレメントの角度が異なっている。こうした場合、中間ウエイトのデザインを整合させつつも、グラデーションファミリー全体としてイメージを統一することを考えなければならない。34ウエイトある黎ミングラデーションファミリーの場合、膨大な調整作業や印字テストを行う必要があったため、見本の作成から製品化までに多大な時間がかかっている。

ニュートラルなデザインが生む使いやすさ

次に、黎ミンのスタイル面を見ていこう。
全体として、クセのないニュートラルなイメージのモダンさが特徴となっている。モリサワは以前から秀英明朝のようなオールドスタイルや、リュウミンに代表されるスタンダードなスタイルの明朝体を広くカバーしていたが、黎ミンの登場によってニュースタイルの明朝体が大幅に拡充された。オールドスタイルの明朝体のように文字そのものが強いデザインイメージを備えているわけではなく、逆にニュートラルな分、さまざまな用途に使える柔軟性・汎用性を備えていることが黎ミンの長所である。
また、ニュートラルなデザインゆえに、ゴシック体ともきれいに組み合わせることができる。開発過程においては、ゴシック系との混植など比較印字テストが数多く行われ、さまざまな文章組みに美しく収まるよう修整が繰り返された。
一般にオールドスタイルの明朝体のかなは縦書きを念頭にデザインされているため、文字によって縦幅・横幅にだいぶ差がある。一方、モダンな明朝体である黎ミンはかなの字幅の差が小さく、ふところが広めにデザインされており、縦組みだけでなく横組みでもラインや黒みが揃った美しい組みを実現できる。
グラデーションファミリーのうち最も横画の細い「黎ミン」でも横画は標準的な明朝体よりやや太め、かなの抑揚は弱めに設計されている。そのため、小さなサイズで組んでも線が飛びにくく、読みやすい。さらに、通常の明朝体ではしばしば横画が見づらくなってしまいがちな白抜き文字や写真へのノセ、画面上での表示でも、横画が太めのウエイトを選ぶことですぐれた可読性を確保できる。

黎ミングラデーションファミリーの登場によって、モリサワの明朝体は秀英明朝のようなオールドスタイル、リュウミンに代表されるスタンダードなスタイルに加え、ニュースタイルの書体が大幅に拡充された。

新たな明朝体デザインの“黎明”

上:リュウミン M-KL
下:黎ミンY20 R
(サンプルは黎ミンカタログより)
黎ミンの場合、横画の太いウエイトを選ぶことで白抜き文字でも可読性を確保できる。また、かなの字幅の差が小さく、ふところが広めで、横組みでもすぐれた可読性を発揮する。

黎ミンはAdobeの文字セットであるAdobe Japan1-6に対応しており、1ウエイトあたり23,000を超える文字を収録している。黎ミングラデーションファミリーには34ウエイトあるから、合計で70万を優に超える文字が統一されたデザインコンセプトのもとで制作されたことになる。さまざまな用途、状況に対応できる柔軟性・汎用性と、デザインの統一性の両立を追求した結果であり、黎ミンの総文字数は世界記録にも認定されている。
黎ミンという名前は、新たなデザインのはじまり=「黎明」と、明朝体の「明(ミン)」をかけて名付けられた。革新的なコンセプトを持つこの新しい明朝体がこれから先、10年、100年、と続いていく書体になってほしい、という願いが込められている。