ブログ - Morisawa × Para Sports

Vol.4 みんなをその気にさせるクリエイティブの力。

東京都による、パラスポーツを応援する人を増やすプロジェクト「TEAM BEYOND」コミュニケーションプランの担当をはじめ、パラスポーツをデザインの視点から見つめてきたPOOL inc.のコピーライター/クリエイティブディレクターの林潤一郎さん。

林さんには、モリサワのパラスポーツ支援の活動とモリサワ所属のパラアスリート・佐藤友祈選手を伝えるためのコピーとグラフィックをお願いしました。

モリサワとは別軸でデザインに携わる林さんから見たモリサワのパラスポーツ支援の印象を語っていただきました。

 

POOL inc. コピーライター/クリエイティブディレクター
林潤一郎

デザイン事務所の営業としてキャリアをスタート。リクルートメディアコミュニケーションズでクリエイティブに転向した後、オレンジ・アンド・パートナーズで小山薫堂氏に師事。6年間の修行を経て2016年より現職。

<受賞歴>
2007年 東京コピーライターズクラブ新人賞、第8回 東京インタラクティブアドアワードブロンズ、第53回 消費者のためになった新聞広告賞金賞、2015年 グッドデザイン賞ベスト100、2017年 グッドデザイン賞

林さんがコピーライターとしてパラスポーツに関わることになったきっかけを教えてください。

2015年頃、東京都の映像コンペに参加したのがきっかけでした。“TOKYO2020大会を契機にパラスポーツを盛り上げダイバーシティの実現を目指す” 普及啓発事業が発足するから、競技を魅力的に見せる映像が欲しいと。どうせチャレンジするならと、当時ではわりと攻めた企画を出したところ見事勝利。僕らと同じくチャレンジングな担当者と巡り合ったことで話はとんとん拍子に進みました。「すべては憧れから始まる。」というコンセプトを掲げて、憧れと言えばヒーロー、ヒーローと言えば少年マンガ…というように発想を膨らませて、実在のパラリンピアンと、著名漫画家さんがオリジナルで作画した“理想のヒーロー”を映像上でシンクロさせて見せる作品に仕上げました。

作品紹介はこちら
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制作にあたってまずパラリンピアンに話を聞きにいくことになりました。半分ネタ探しの気分だったのですが、1人目の車いすバスケの選手に話を聞き始めて数分で僕の価値観は変わりました。なんてかっこいいんだろう…。その一言に尽きるのです。今だから正直なお話をしますが、当時、パラスポーツというのはリハビリの延長線上にあるものだと思っていました。でも目の前にいる選手は野球やサッカーで見るような心身ともに鍛え上げられたアスリート。緊張で準備してきた質問が飛んでアタフタしている僕を見て彼は言いました。「なんか失礼なこと聞いちゃったらどうしようって思ってません?大丈夫っすよ。僕らは落ちるところまで落ちてるんで。そこからなんとか這い上がって、今じゃメダルを目指すアスリートですから。何を聞かれたって平気っすよ」彼を車いすから半身乗り出して、地面にぺたとつけた手をすっと頭の方まで上げながら言いました。それからはかつてスポーツ選手に憧れた少年みたいな気持ちで選手たちを見るようになりました。ヒーローをもっとたくさんの人に知ってほしい。応援してほしいって。

モリサワでは、東京2020大会のレガシーを繋いでいくためにも、パラスポーツ支援活動のコンセプトとなるコピーを作りたいと考えていました。そんな中で林さんの存在を知り、SNS経由で相談させていただいたのが始まりでしたが、当時を振り返ってみて印象に残っていることはありますか?

ある日なんの前触れもなく連絡が来ました。連絡っていうものはそもそも前触れがないのは当然なのですが、共通の知人を介するでもなくSNSのダイレクトメッセージから「怪しいものじゃありません」みたいな感じで。SNSのプロフィールに載せていたパラスポーツ関連の業務実績や、時折投稿していた仕事の話が目に留まったのだそうです。それでもはじめは、あのモリサワから個人に連絡?信じていいのかな、大丈夫かな?僕と似た名前の人と勘違いをしているんじゃないかな?と半信半疑で返信した記憶があります(ごめんなさい!)。疑り深い僕はこっそり担当者さんのSNSを覗きに行ってみたのですが、そこでようやく安心しました。パラスポーツを応援しているのは本当なんだ!って。

コロナ禍だったこともありオリエンテーションはオンラインだったのですが、とても緊張したのを覚えています。担当チームのみなさんが考えに考えて、それでももっとどうにかしたいというレベルまで試行錯誤してきた熱量や圧倒的な思考量がパソコン画面を通じて伝わってきたのです。

自分たちはこういう議論をしてきた、仮説も立てた、だからこうじゃないかと。でもなんだかしっくりこないと。そのプロセスを見せていただいたのですが、誰かに言われて仕方なくやるようなものとは明らかに質が違うんです。組織の言葉で表現すればCSRやダイバーシティ促進みたいな話なのかもしれませんが、「うちのパラスポーツ」「うちの佐藤友祈」のように、パーソナルな想いがあるんです。大会が終わった今こそ自分たちが本気でやらねばならないという。絶対にいいものを書いて渡したい。そう思った瞬間でした。

「パラスポーツ支援コピー・ステートメントについて」

実際にコピーとステートメント、グラフィックを制作するまでの過程で、POOLさん内での協議内容や、どのような発想や考えから制作を進められたのか教えてください。

最終的にはグラフィックまでお任せしていただいたのですが、当時はコピーを書く仕事でした。モリサワの長い歴史の中で、何が今の支援の形に繋がっているのか。根底にあるのはどんな思想なのか。社史や活動実績、これからの想いなど、さまざまな方向から探っていきました。次にモリサワがスポーツ支援をしていくにあたって取り組まねばならない課題、ゴール、そして、そのゴールに辿り着くための方法を整理しました。

簡単に紹介させていただくと、

ゴール「共生社会を実現する」…写真植字機の時代から障がいのある方に働く機会を提供し、近年はUDフォントの開発やパラリンピアンの支援も。こうした活動を続け共生社会の実現に貢献する。

課題「ファンからパートナーへ」…大きな大会やメダル獲得をきっかけにパラスポーツに興味を持つことは決して悪いことではない。大切なのはブームが終わった後も、パートナーとして長く付き合っていくこと。

方法「違いを魅力に変える」…フォントは人間の気分や感情を形にして届けるもの。パラスポーツは障がいをプレースタイルにして表現するもの。この二つに共通するのは違いを個性として捉え、魅力に変える力。

こうした考えを固めた上でコピー開発のセッションに入り、何度かのやりとりを経て完成しました。後にグラフィック化のご相談が来たときもこうした考えをまとめておいたおかげで、デザイナーたちには「この考えの中で自由に発想してほしい」と幅広なディレクションができましたし、出てくるアイデアも、的外れでないのにジャンプできている素晴らしいものでした。

コピー・ステートメントの制作を林さんに依頼し、開発の段階でご提案いただいた資料の一部
完成したコピー・ステートメントとグラフィック

パラスポーツ支援コピー・ステートメントのご提案をいただいたときは、まるで林さんの頭の中を覗かせていただいたような感覚でした。会社の取り組みを表現する言葉として非常に共感を得やすい言葉を生み出していただきましたので、すぐに社長や上層部、広報部門に対しても直接林さんからご説明をいただく機会を設定させていただきました。

ステートメントを説明する打ち合わせでは社長をはじめ多くの人にご出席いただいたので、とにかく汗が止まらなかったことだけは覚えています。というのは事実であり冗談でもあるのですが、僕1人の説明に皆さんが直接耳を傾けてくれたことが何より嬉しかったです。ステートメントは会社ごとなのでさまざまな立場の方の意見を踏まえねばならない難しい仕事ですが、先のように、あらかじめ課題、ゴール、そして辿り着く方法という部分から議論できたので、あとは僕が表現をひたすら頑張れば良いという流れにしていただくことができ、仕上げまでのモチベーションも高い状態をキープすることができました。

「佐藤友祈選手応援グラフィックについて」

実はステートメントを開発する前から佐藤友祈選手の個性には注目していました。というよりも、発想のヒントにしていたのです。ですから選手個人に向けた応援グラフィックを企画するときは、彼の個性をどう世の中に面白く伝えるか?応援したい選手に見せるか?にフォーカスしようと考えました。そしてメンバーとアイデアを出しあっていく中でふと思いました。この強烈な個性は第三者が下手に加工しすぎると台無しになってしまうのではないかと。そこでこれまで何度も盛り上がりを見せていた本人のSNSやインタビューでの発言をできるだけ活かす表現を模索していくことにしました。コピー担当の僕の仕事は、彼が発してきた数々の名言(いま風に言えば「パンチライン」)を総称する言葉を書くこと。デザイナーにお願いしたのはモリサワの独自性が感じられて、かつ選手の個性も際立つこと。そして何か1つの試合や大会を応援するものではなく、彼をずっと応援していくことができる仕組みのような耐久年数の長いもの、でした(思えばだいぶ難しいことを言ったものです)。こうして生まれたのが佐藤選手の発言が鉤括弧の中で無限に可変させていくことができるビジュアルでした。

佐藤選手はSNSやインタビューで見ていたままの本当にまっすぐな方です。広告制作の現場ではタレントさんを起用しても本人にプレゼンする機会はほぼないのですが、今回は本人に直接プレゼンする機会をいただきました。一案一案、どんな顔をして聞いているか嫌でも見えてくる。このコラムでもう何回緊張したと書いたか数えられなくなりましたが、応援を受け止める本人の反応や意見を直接もらうことができたのは最高の体験でした。その後はただただ佐藤選手に喜んでもらいたくて一生懸命にやったという感じです。

モリサワに向けて、文字やグラフィックの活用と広がりについて期待することを教えてください。

人がその気になるためにはある程度の注目が必要だと思います。周りからこう見られるからこうしよう、ああしよう、と考える。ゆえにモリサワ社内でも議論しながら完成させたステートメントや応援グラフィックは、どんどん外に出していってほしいです。

また、自分の仕事柄強く感じるというのもあるとは思いますが、文字の力をもっともっと世の中に知らしめてほしいと思います。紙からデジタルへのシフトが始まりあっという間にその比率は逆転してしまいましたが、変わっていくメディアと一緒に文字も新しい可能性を見つけられたら楽しいなと思います。例えばWebサイトでテキストが内容に合わせて動いたりするのもひと昔前にはなかったわけで、まだまだ面白くなっていけると信じています。

コピーライター/クリエイティブディレクターである林さんにとって、コピーやグラフィックを通じてパラスポーツを支援するということはどういうことでしょうか?

この仕事をするようになってからずっと言っていることなのですが、僕たちの仕事は「見えないものに光を当てる」と「この指止まれ」なんじゃないかと思っています。まだ誰にも知られていない宝物を見つけてきて、みんなで分けあおうよ!と声をかけ仲間にしていくような感じですね。パラスポーツ支援ならば「かっこいいから見てみなよ」という。イケてる、チャーミング、面白い、なんでもいいのです。口の端に上るためのお手伝いなのかなと思います。それがいつかみんなの当たり前になって、それこそ、フォントのように一人一人の違いを魅力として認め合い、分かち合い、支え合える世界になったら嬉しいですね。

林さんに依頼をしたコピーやグラフィックはまさしく「口の端に上るためのお手伝い」をしていただきました。林さんに表現していただいたコピーやグラフィックは、モリサワがパラスポーツや佐藤友祈選手を通じた外部とのコミュニケーション手段になっています。 林さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。

「MORISAWA × Para Sports」では、パラスポーツを支える人々や企業の視点からユニバーサル社会を伝えるシリーズ“Messenger”と、パラアスリートの競技をはじめとしたあらゆる挑戦を描くシリーズ“Challenger”の2つのシリーズにてお送りいたします。