書体見聞

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第二回 新ゴ(下)

第二回 新ゴ(下)

開発スタート時のデザイン・コンセプト

「フォーマルなツデイと広告ディスプレイ志向のアローG シリーズの中間に位置づけしたモダンサンセリフ」。
1986 年、新ゴの開発をスタートする際、モリサワの社内文書に記された文である。
コンセプトの欄には、こんな文もある。
「タテ・ヨコ組ともラインの出る構成、モダンで、かつ、強くシリアスな感じの組版にも使える」。
「ファミリー展開を想定し、正確な直線構成、カウンター(空間)のバランスを綿密に」。
文字デザインを具体化する前の文書だが、これらの文に、すでに新ゴのデザインの性格がよく表れている。

モダンさとふところ

文字の内側にある空間を比較すると、オーソドックスなゴシック体であるゴシックMB101(左)と比べて、新ゴ(右)はふところをかなり広くとっていることがわかる。

まず目にとまるのは、「モダン」という言葉である。
モダンの対照となる言葉は「オーソドックス」。伝統的な、保守的な、といった意味だ。和文書体のゴシック体では、ゴシックMB101 や中ゴシックBBB などがこれにあたる。オーソドックスな書体が落ち着いた雰囲気を持っているのに対し、モダンな書体には明快なイメージがある。
オーソドックスな文字は、一般にふところ(画と画が構成している内側の空間)があまり広くない。逆にふところを広くすることで、モダンな感覚を生み出すことができる。
オーソドックスなゴシック体であるゴシックMB101 と比べてみると、新ゴのふところの広さがよくわかる。

線の処理、エレメント

ゴシックMB101(左)にある始筆部分のアクセントが、新ゴ(右)にはない。

水平垂直の直線処理を施し、カーブをシンプルな形状にしていること、始筆部分の装飾をなくしたことも、モダンな表情につながっている。
ただし、例外もある。ひらがなの「さ」や「き」の横画は水平線ではなく、やや右上がりになっている。水平線にすると、視覚的なバランスが悪くなってしまうためだ。そうした場合も、左側の3 分の2 までを水平にして、なるべく直線的な印象を感じさせるように工夫している。

「さ」のように横画を水平線にするとバランスが悪くなる文字では、途中から右上がりにすることで、直線的な印象と文字のバランスを両立している。

新ゴのコンセプト立案とディレクションを担当したタイプディレクター小塚昌彦氏(毎日新聞社、モリサワ、アドビ システムズ社に勤務、現在、フリー)はこう語る。
「直接影響を受けたわけではありませんが、新ゴはヘルベチカやユニバースなどのモダン・サンセリフの延長線上にあります。直線部分はあくまで水平垂直に。曲線部分は肉筆のようなオーガニックな線ではなく、円弧やカーブ定規で書くような線に近づけて、モダンな表情にしています」。

ひらがなのこだわり

モダン・ゴシック体の「わ」では、左の例のように横画と弧状の部分を分けてデザインされることが多い。新ゴ(右)は「わ」の元となった「和」のヘンの部分に留意したデザインになっている。

新ゴのひらがなには、日本の文字の伝統への配慮が見られる。
ひらがなは漢字をくずす中から生まれた。
例えば、「わ」。モダン・ゴシック体では、左上の横画と、左下から始まる大きな弧を分けてデザインするケースが多い。
しかし、「わ」は「和」をくずして生まれた文字だ。本来、「わ」の左半分はヘン、右半分はツクリのはずである。左上の横画から左下に向かう線(ノギヘンの左ハライにあたる)がないのに、ヘンからツクリへとつながる線が残るのは、文字の成り立ちからすると、少々筋が通らない。
新ゴの「わ」を見ると、本来の筆の運びに忠実にデザインしていることがわかる。

線そのものは消えているが、縦画から横画へとつながる筆の動きを感じさせるデザインになっている。

小塚氏は言う。
「子供達は我々がデザインするものを見て文字や筆順を覚えていきます。タイプフェイスにも、日本語の言葉を大切にするのと同じような考え方が必要だと思うんですね。新ゴのプロジェクトでは、モダンな書体であっても、文字の基本をきちんと押さえていこう、と考えました」

組んだときの印象

同じポイント数で組んだゴシックMB101(上)と新ゴ(下)。新ゴのほうが漢字、かなともに大きく、漢字とかなの大きさが近い。

新ゴは漢字、かなともに大きめに作られている。特にひらがなが大きいことが、特徴のひとつになっている。
オーソドックスな書体のひらがなは漢字に比して小さめの場合が多いが、新ゴのひらがなは漢字に近い大きさを持っている。
「広告のコピーを組むときに、ひとつの塊として捉えられる組み版がほしい――モダンなゴシック体にはそういうニーズがあるだろう、と考えたからです。ひらがなも大きくしたほうが組んだときにラインが揃うし、1 本のコピーを塊として認識しやすいだろう、と考えたんですね」と、小塚氏は言う。
新ゴは、太いウエイトが短いコピーや見出しにインパクトをもたらすのに対して、細いウエイトは本文やキャプションですっきりした美しいラインを見せるのに向いている。
これには、実はちょっとした秘密がある。

新ゴが幅広く使える理由

新ゴのU は視覚性に優れたディスプレイ用、Lは可読性を重視してすっきりしたラインを組めるデザインだ。M は中間的な性格を持っている。

第一回の「新ゴ(上)」にもあるように、新ゴの開発には、コンピュータで書体作成を行う、ドイツ・URW 社のイカルスシステムが用いられた。
イカルスシステムでは、太いウエイトの文字と細いウエイトの文字から座標を計算して、中間のウエイトを自動作成できる。
新ゴのようなファミリー書体では、ウエイトがある程度太くなると、画数の多い文字でスペースがツブれてしまうケースが出てくる。そうならないように画の一部を細くしてスペースを確保しなければならない。同時に、文字としての美しさを守り、他の文字と見え方を揃える、微妙な調整が必要になる。
新ゴのプロジェクトでは、最も細いL、最も太いU、真ん中のウエイトのM の3 つを手書きでデザインした。U とM には上記の調整が施されている。そのうえで、U とM の中間のウエイト(H、B、DB)と、M とL の中間のウエイト(R)をイカルスシステムで作成した(後にL よりさらに細いEL も追加された)。
太いU は視覚性、細いL は可読性を重視し、M はその中間の性格を持つようにデザインした。
ポイントは、M の存在だ。視覚性と可読性の、両方のバランスをとるM を用意することによって、ファミリーとしての統一感を持ちながら、U~M ではインパクトを、M~EL ではすっきりと美しい組み版を実現できた。

太いウエイトでは、画数の多い文字でスペースがツブれてしまうケースが出てくる。そういう場合は、線の一部を細くし、スペースを確保する。ツブレ対策と、文字の美しさ、他の文字とのバランスを考えた調整が必要だ。

冒頭に戻る。
「フォーマルなツデイと広告ディスプレイ志向のアローG シリーズの中間に位置づけしたモダンサンセリフ」。「タテ・ヨコ組ともラインの出る構成、モダンで、かつ、強くシリアスな感じの組版にも使える」。
開発スタートの時点から、新ゴは汎用性をねらっていたことがわかる。
1990 年に発売された「新ゴシック」(1993 年に「新ゴ」に改称)は、現在も日本のモダン・サンセリフ・ファミリーの代表として、広く使われている。
その理由は、しっかりしたコンセプトに基づくデザイン、そして、本文、見出し、キャッチコピーに幅広く利用できる、使い勝手のよさにあると言えるだろう。