Vol.8 レーサー寄贈プロジェクトを完走。挑戦者・佐藤友祈の使命とブレない覚悟
東京2020パラリンピックで、車いす陸上競技2冠を成し遂げたモリサワ所属の佐藤友祈選手。トップアスリートとして日々のトレーニングを重ねる一方で、自らの使命として取り組んでいるのが後進の育成だ。
2023年から始まった「prierONEプロジェクト」が一つのゴールを迎えた。
あらゆる人が挑戦できる社会を目指す「prierONEプロジェクト」。その活動の目玉である、陸上競技用車いすレーサー寄贈プロジェクトが一つの区切りを迎えた。佐藤選手自身が立ち会い、次世代アスリートの中村来夢さんにレーサーが贈呈された。流れ星が描かれたprierONEのステッカーを貼ったレーサー。フルオーダーで製作したレーサーに込められた思いとは。
プロ選手としての使命
「パラスポーツの認知度アップのためにどんどん発信していきたい」「競技の裾野を広げ、普及活動にも力を入れていく」。2021年2月、佐藤選手は自身の大きな転機となったプロ表明記者会見でそう明言した。
当時はコロナ禍。スポーツ報道は少なく、パラスポーツにおいて佐藤選手のようなプロ選手は珍しかった。2012年にテレビでパラリンピックを見て競技を知り、2016年に自身のパラリンピック最初のメダルとなる銀メダルを手にした佐藤選手は、その後金メダリストへの階段を上っていく。2021年の東京パラリンピックでは2冠を達成。世界を制したプロアスリートだからこそ、“パラスポーツに恩返ししたい思い”が湧いた。
佐藤選手は、陸上競技を始めた頃、練習場所や競技用具の確保に苦労した、と話す。
「借り物の車いすで大会に出場し、車いすメーカーの方に『リオパラリンピックに出場する佐藤友祈です』と支援を求めたけれど、ダメでした。競技を始めた当初は、だれにも相手にされないレベルだったので、当然と言えば当然なのですが」
両親に頭を下げてレーサーを購入してもらい、競技を始めた。地元の競技場は使えず、人通りの少ない一般道を探してひたすらレーサーを漕いだ。その後、練習環境を求め、静岡から岡山に居を移した。
もっと速くなりたいという純粋な気持ちを貫き、成功体験をひとつずつ積み重ねた。世界の頂点にたどりついた佐藤選手は、次世代支援への思いを膨らませていく。そして、若い選手たちの競技環境向上に一役買いたい、とレーサー寄贈プロジェクトを立ち上げた。
「競技を始める頃は、なかなか高価なレーサーを購入できないもの。とくに若い選手は体の変化が大きいため、レーサーを貸し出すサポート方法もあると思います。ただ、今回は、僕が『prierONE』の仲間とともに、個人で取り組むプロジェクトなので、これまでとは違うことをやりたかった。寄贈対象者に合わせてフルオーダーで作り、しっかりフィットしたフレームのレーサーを寄贈することにしました」
前例のないことで調整に時間はかかったが、無事、プロジェクトは完走。
「記念すべき1台目を贈呈できてほっとしています」
そう語る表情には充実感がにじんでいた。
世界一に押し上げたチームのチカラ
そんな佐藤選手にとって、プロジェクトを実行した歳月は、アップダウンの激しい5年間だった。2度のパラリンピックで金2個・銀1個・銅1個を獲得、2025年の世界選手権で2冠。結果だけを見れば輝かしく見えるかもしれない。しかし、東京パラリンピックで金メダルを獲得した種目の1500メートルがパラリンピックからなくなる不運に遭い、また、強力なライバルの出現により世界記録が次々と破られ、得意の400メートル種目も世界タイトルを奪われるなど、アスリートとして壁にぶち当たっていた。それでも壁を壊して前に進んだ。その原動力のひとつは、佐藤選手が大切にする、いつでもナンバーワンを目指すブレない気持ちだ。
「一度は2位になってしまったけれど、世界一という目標を変えることはしないし、金メダルを奪還したいという目標を、口に出してきました。パリパラリンピックでライバル選手の国歌を聞いてすごく悔しかったですし、次こそはという気持ちで、今はロサンゼルスに向けてトレーニングをしています」
チームの支えもまた、原動力になっている。
プロに転向するタイミングで新聞の対談企画があり、幼いころからあこがれの存在である俳優でアーティストの香取慎吾さんにチーム名を命名してもらった。佐藤選手を支えるチーム名は“prierONE”(プリエワン)。そこには、佐藤選手の名前である友祈の「祈」をフランス語で表した「プリエ」と、「ナンバーワン」「オンリーワン」という意味が込められている。
「コーチ、メカニック、トレーナー、応援してくださる皆さんがprierONEです。幼少期から、サッカーやレスリング、陸上競技などいろいろスポーツに触れていく中で、どこかチームというものに憧れを持っていました。ただ、僕はチーム競技に合うタイプではなかった。そんな中、いまは支えてくれたり応援してくれたりする人たちがいる。陸上競技は個人競技ですが、prierONEのみなさんのおかげでチームの心強さを感じられます」
2024年に開催されたパリパラリンピックの400メートルは2位だったが、2025年の世界選手権では金メダルを奪還した。
「スポンサーであるモリサワの社員の皆さんやprierONEの皆さんにいい結果を報告できることは、プロ選手として最高の喜びです」
「どんなときも夢をあきらめず、自分を信じたからこそ今がある」と語る佐藤選手。モリサワ所属のプロアスリート佐藤友祈選手は、これからも喜びも悔しさも共に味わってきた相棒のレーサーに夢を乗せて走る。
レーサー贈呈についてのコメント
佐藤友祈選手
「今回のプロジェクトに多くのご応募をいただき、ありがとうございました。選考の資料となった大分国際車いすマラソンの走りを動画で見て、応募者のみなさんがしっかりと前を向いて走っているのが印象的でした。そのなかでも、より強い目をしていてフォームがきれいだった中村選手の走りに可能性を感じてレーサーを寄贈させていただきました。今後は、企業や自治体だけでなく、選手個人が次の世代の選手にレーサーを寄贈するケースがどんどん展開されていったら嬉しいです。それが健康のためにレーサーで走り続ける人やこれからパラリンピックを目指そうという層の選手たちの背中を押すことになると思っています」
中村来夢さん
「佐藤選手は、prierONEのステッカーにも使われている青と黄色のウエアをいつも着ていて、大会会場でも目立っています。そんな佐藤選手に、大分国際車いすマラソンで真剣に取り組んでいた姿を見つけてもらえてすごくうれしかったです。これまでは借りていたレーサーに乗っていて、クッションやベルトでなんとか自分の体に合わせて走っていました。今回、はじめて自分の車いすを持つことができて、とてもうれしいですし、このレーサーで走るのが楽しみです。現在、私は大学で語学を学んでいるので、prierONEのレーサーで海外の大会に出ていろんな国の選手と交流したいと思いました。また、障害者の就労選択肢の拡大を目標にした障害者専門の芸能事務所『accessibeauty』に所属していて、モデル活動にも取り組んでいます。今回、レーサーを寄贈していただけたことで、私の夢が大きく広がりました。これからも、いろいろな挑戦をしていきたいです」
学業、モデル活動、陸上競技……なんでもひたむきに取り組む姿勢が周囲の人を惹きつける中村さん。挑戦することを恐れず、楽しみながら成長しようとする姿は、佐藤選手と重なる部分もある。今回のレーサー寄贈を新たな出発点とし、これからも挑戦を続けながら自らの可能性を広げていくことだろう。その未来が楽しみだ。
(テキスト 瀬長 あすか)
「MORISAWA × Para Sports」では、パラスポーツを支える人々や企業の視点からユニバーサル社会を伝えるシリーズ“Messenger”と、パラアスリートの競技をはじめとしたあらゆる挑戦を描くシリーズ“Challenger”の2つのシリーズにてお送りいたします。































