コズフィッシュ 祖父江 慎 氏
MORISAWA PASSPORTで
書体がたくさん使えるようになると
「文字」が「書体」から解放される
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ブックデザイナー
祖父江 慎 氏
多くの若手デザイナーやデザインを学ぶ学生たちがあこがれの存在として名を挙げる、ブックデザイナーの祖父江 慎氏(コズフィッシュ代表)。その仕事もさることながら、近年はセミナーやイベントで自らの手の内や文字に対する想いを語ることが多く、さらに「ファン」を増やしている。InDesignの合成フォント機能とMORISAWA PASSPORTによって、ブックデザインはさらなる自由を手に入れたという。
InDesignの合成フォント機能で文字の細部にこだわる
近年はセミナーに招かれ講師役を務めることも多いコズフィッシュ代表・祖父江 慎氏は、スクリーン上にInDesignのデータを映し出し、どのような組版を行っているのかを明かしてしまうのが常だ。合成フォントの設定を見れば、パーレンだけを別の書体にしたり、さらには特例文字を駆使して、「特定のかな文字だけ」や「句読点」などを別の書体にする、もしくは同じ書体でも大きさを変えるなど、細部まで徹底的に練られている。
このようにInDesignで合成フォントの設定をする際の、文字選びの基準について、祖父江氏は次のように話す。
「堅い内容だったり、やさしい文章だったり、くだらないジョークがいっぱいあったり……というように、文章の表情をもとに書体を決めています。合成フォントの設定は、例えばこの書体は好きだけど、“か”という文字だけはちょっと違うなぁ、こっちの書体のほうが合うなぁと思ったり。そういう文字細部の微調整が中心なんです。」
どのような読者をターゲットにしている本なのか、それによっても書体は変わってくる。例えば、子供向けの怪談本「しんみみぶくろ」シリーズでは、
「子供向けの本は学参書体を使っていることが多いけど、文字は大きめなのに“さ”や“き”の最終画が繋がっていないで、切られています。これだと、文字筆順の美しさが見えてこないんです。だから“しんみみぶくろ”では、一文字ずつのきれいさを優先してそれぞれの文字書体を選んで組んでみました。」
その他の書籍でも、例えば本文はゴシック体が基本だが句読点が明朝だったり、逆に本文は明朝でもパーレンがゴシックであったり……ということが、祖父江氏の仕事では頻繁に出現する。「本文がゴシックで句読点だけ明朝なんておかしいという人もいるけれど、金属活字や電算写植のセットでは、そんな書体もあるんです。ちょっと前までは普通だったのにね」と祖父江氏は言う。
豊富な書体が「文字を自由にする」
InDesignを使う前は、本文の文字組みフォーマットはIllustratorで設計し、書体や組みルールについては指定ですませていたという祖父江氏。電算写植のワークフローであれば漢字/ひらがな/カタカナで書体を変えることはできていたが、例えば「ある特定の文字だけ太くしてほしい」といったオーダーをした場合は、現場から「勘弁してほしい」って言われてました……と祖父江氏。ところが、印刷会社がQuarkXPressを使うようになり、検索・置換で対応できるようになった。これがひとつの転機だったかもしれない。
「ある仕事が2年間寝かされているうちに、時代が電算写植からDTPになってしまって、それまで勘弁してほしいと言われていたのに、その2年で社会が変わってしまったんです。」(祖父江氏)
そして、祖父江氏曰く「合成フォント機能目当てで」InDesignを導入した後は、自らの手で細部の細部まで組版にこだわることが可能になったわけだが、そこでもまだ一つ、大きな壁があった。
「DTPを始めたときは、フォントが高いから結構辛かった。しかも、自分が欲しいと思った書体を買っても、印刷所が持っていないために「使用できない」と言われてしまうことが多くあって、ショックでした。フォントを買うことを躊躇してしまいますよね。だから、本文に関してはあきらめるか、その書体を出力できる印刷会社を探すところから本の設計を始めなくてはいけなかったんです。」
そんな状況を一気に打破したのが、MORISAWA PASSPORTだ。
「MORISAWA PASSPORTだと、以前だったら自分は絶対買わないだろうというような書体や、1回きりしか使わないだろうというような書体でも迷わず使えるようになりますよね。仕事をしていると、今まで自分が自然と避けていたような書体が“この本には、どうしても似合ってしまうよなぁ”というケースが、出てきちゃうんですよ(笑)。また、今まで使わなかった書体でも、試しに使ってみると思っていたより良かったということもありますよね。買う気などまったく無いけど、つい試食しちゃうデパ地下で、おいしい!って感動して好物になっちゃう、みたいな。」
使いたくても使えない書体や、今までなら使わなかったであろう書体も自由に使用できるようになった。しかも、InDesignの合成フォント機能を使って、一文字ずつ書体を変えることもできる。祖父江氏にとっての組版の可能性は、さらに広がった。「たくさんの書体を使えるようになったことで、文字が書体から解放されていくんです」と祖父江氏は言う。
「これだけ書体が使えると、今まで書体に縛られていた自分に気づく。この書体が良いとか悪いとか言うのではなく、文字をもっと自由にしてあげても良いんじゃないかと思うんです。」
MORISAWA PASSPORTとInDesignの合成フォント機能は、祖父江氏にとってはまさに、文字を書体という縛りから解き放ち、自由に再構築する作業なわけだ。
デザインを学ぶ人が文字について知るには
最後に、いま、まさにグラフィックデザインやエディトリアルデザインを学んでいる人たちに向けて、祖父江氏にメッセージをお願いした。文字についての興味は高まりを見せているが、かといって、どこから手をつけたら良いのかわからないという人も多いはずだ。
「なぜ、日本語の"表記"が今のかたちになったのか、そのだいたいの流れをつかむところから始めれば良いのでは。ただ、そのためにはある程度の量を見ないと。たとえば昔から現在までの『坊っちゃん』を見ていると、日本語の変わり方がすごく良くわかっちゃうんですよ。」
コズフィッシュのオフィスには、たくさんの『坊っちゃん』が並べられている。最初に「坊つちやん」がこの世に発表されたのが、1906年。その後、数多くの出版社から、ありとあらゆる版は出され、それは現在でも続いている。「“坊っちゃん”が出た頃は、活字の技術が安定し始めた頃なんですよね。本文組みの流れを追っていくと、各時代、各出版社の文章に対するとりくみ方の細かい変化が見えてくるんですよ」と話す祖父江氏の、文字についての探究心はこれからも深まっていくばかりだ。